10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
ビールジョッキをガツンとテーブルに置いてから、アタシはコトの顛末を教えてくれたクマちゃんに聞き返した。
クマちゃんというのは今さっきアタシが萩原さんの隣に座る彼につけたあだ名だ。
思いつきではあったけど、デカい図体してる彼にはぴったりのあだ名だと思う。
「んで? アタシと一緒に歩いてるの見て勘違いした彼女がクマちゃんに連絡して、さらにクマちゃんも誤解してたからそのまま仲良く勘違いして?
あの子はなーんにも知らないまま別れを突きつけられた、と?」
「う、う〜ん……そうなるんですかねぇ……。
彼女さんと話した時は落ち込んだ様子ではあったけど、そのまま別れを言い出すようには見えなかったんですけど……」
「ばっかだね! 女の子ってみーんな決めちゃえば早いの!
一瞬で頭ん中切り替わっちゃうもんなんだって!」
「はぁ……すんません……」
申し訳なさそうにちびちびとお猪口に口をつけるクマちゃんだけど、今ここで謝罪したところで何の解決にもならない。
アタシがどれだけクマちゃんの誤解を解こうとも、あの子の彼女には一ミリも伝わらないのが悔しい。
ふと思い出すのは少し照れた様子で彼女のことを話してたあの子。
それが羨ましくて、どん底にいた時はあの子を望んでしまいそうになったけど、アタシではあの子は幸せにできない事はわかりきっていたからそれ以上は踏み込まなかった。
だってアタシはずっとずっと気付いていた。あの子がアタシに好意を向けているのを。
それが心地良くて嬉しくて、ちゃんとフってもやらずに曖昧に誤魔化して都合の良い時だけあの子に頼った。
そんな酷い女なんだ、あの子は気付いていないのだろうけど。
「よっし! アタシ決めた!」
そう言って拳を握ればクマちゃんと萩原さんがキョトンとした表情でアタシを見つめる。
「あの子と彼女さんの寄りを戻させる!」
「ハァ!? マジ言ってるんですか?」
「当たり前じゃん! アタシが原因で拗れたようなもんでしょ!
あ、ちなみにクマちゃんにも協力してもらうからね。
拗らせた原因、キミにもあるんだから」
「うぐっ……それはそうかもしれないですけど……」
「でもさぁ、マリちゃん。彼女さんの方がもうすっぱりあの子のこと好きじゃなくなってたらどうするの?」
その言葉に答えに詰まった。
もしあの子の彼女さんが本当にあの子のことを好きじゃなくなっていたら。
そうしたら……。
「……そん時は…………あの子にごめんなさいって言うしかないかなぁ」
そう言ってジョッキの底にわずかに残ったビールを煽る。
唇を湿らす程度しかなかったそれは、乾き切った喉を潤してはくれない。
それに眉をひそめていると、アタシの様子を見ていたクマちゃんが店員に声をかけて追加のビールを頼んでくれた。
クマちゃんは可愛らしくカシスピーチなんて頼んでいた、見かけによらず甘いお酒が好きなようだ。
「マリ先輩は……どうしてそこまでアイツのこと気にかけるんです?」
飲み放題メニューを脇に置いて、クマちゃんが少し真剣な表情でアタシを見てきた。
確かに今までは一方的にアタシがあの子に対して世話をかけさせていたと言うか、アタシが面倒を見てもらっていた側だった。
その日頃の感謝のため……とかそんな献身的なモノじゃない。
だってアタシは、あの子がずっと抱えてきていた気持ちがまた芽吹くんじゃないかと少し期待している。
そんな事、言えるわけがないけど。
「ほら、アタシ今年ボロボロじゃん? 旦那の浮気に姑からの嫌がらせも実はあったのよ。
そんなどん底でもさ〜あの子から聞く話で救われてたところあったんだ。
幸せそうで、楽しそうで、ちょっと羨ましくも思ってた。
それを聞いてたらさ、一人耐えてるのがバカらしくなって……。
離婚決意出来たのもあの子のおかげ、アタシは幸せへのチケットを今握りしめてるワケよ。
それなのに決意させてくれたあの子が不幸せなんてあんまりじゃない?」
ゴトリ、とアタシの目の前にカシスピーチが置かれた。
クマちゃんの前にはデカいビールジョッキ、それを店員がいなくなる前にサッと入れ替えてアタシはジョッキを煽る。
酔いに任せて吐き出してしまいそうになった言葉をアルコールと一緒に喉の奥へと落とし込んでいく。
本当は、あの子がまたアタシを見てくれたらって思ってる。
そうしたら今度はちゃんと正面から向き合って伝えたいと思うけれど、たぶんそうはならない。
あの子がアタシに向けていた感情は無くなっているのには気づいたし、彼女さんを本当に好きだっていうのも伝わってきていた。
それを奪おうなんて気、更々なかったんだ。
だからこれはけじめ。
アタシが原因で壊れてしまったなら、アタシが責任をもって真実を伝えなきゃいけない。
その結果あの子を諦める事になるのか、それとも今度はアタシが追いかける側になるのか、それはわからないけれど。
自分が撒いた種ならば、ちゃんと最後まで面倒を見なくちゃいけない。
ゴクリ、と冷えたアルコールが喉を焼いていく。
ジョッキを今度は静かに置いて、アタシはクマちゃんを見つめて言ってやった。
「2020年夏、アタシは離婚して幸せな思い出を残すんだ!
だからあの子にも、幸せな夏の思い出を残してほしい」
花火やお祭り、プールやキャンプとか心躍るイベントではないけれど、“悲しい”だけの夏なんてアタシは許さない。
「最高にハッピーな夏の思い出、つくってやろうじゃんか!」
ニヤリと笑みを浮かべれば、少し乗り気な表情を浮かべるクマちゃんがそこにはいた。
ー続?ー
最初のコメントを投稿しよう!