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夏といえば『花火』に『お祭り』、『プール』や『キャンプ』、大人だったら『お盆の長期休み』に『飲み会』……なんて、心躍るイベントが目白押しだ。
でも今年に限っては、アタシの夏はそんな楽しいものでは飾られない。
「悪かったっ! 本当に、ほんの出来心だったんだ!」
そう言って目の前で深く土下座をしているのはかつて愛した男。
その隣では彼の母親がメソメソと泣いており、彼の父親は顔を真っ赤にして彼を睨みつけている。
頭を下げながら「遊びだった」「妊娠してから構ってもらえず寂しかった」「愛しているのは君だけだ」と、某掲示板でテンプレートだと言われている言葉を羅列された。
それを冷めた目で見てから、これまでアタシを支えてくれた弁護士の女性に視線を送ると彼女はコクリと頷いて、懐にある鞄から緑色の文字が印刷された紙を取り出した。
アタシが記入しなければならない項目は記入済だ。
「たとえどんな言い訳をしたとしても不貞行為には変わりありません。
奥様は穏便に離婚を望まれております」
「なっ……」
「そ……それは待っていただけないかっ!」
向かいに座る3人の顔が一気に青ざめた。
名門の大学を卒業して有名企業に就職し、尚且つ役員の肩書を持つ愛していた男はプライドが高く、常に他人を見下していた。
そんな人が「離婚」だなんて不名誉なレッテルを貼られるなんて、プライドが許さないだろう。
彼の両親に関しては普通ではあったけれど、産んだ子供を大層かわいがってくれていたからこそ、アタシに親権がわたるのを恐れているという感じだろうか。
そんなこと知ったこっちゃないけれど。
「こんな……こんな馬鹿に育ててしまったことを大変申し訳なく思いますが一時の迷いと本人も言っております。
生まれたばかりで二人の子供も小さい。どうか息子にやり直すチャンスを与えてやってはくれないだろうか……!」
深々と彼の父親が頭を下げてそう言った。
大事に育ててきた一人息子だからこそ庇いたいのだろう、今まで関わってきてこの人は純粋に悪い人ではないとわかっている。
問題は……。
「そうです。息子は確かに愚かな行為をしてしまいましたが、小さな子供を一人で育てていくのは簡単なことじゃないわ。
マリさん……どうか考え直してくれないかしら」
メソメソと泣いていた彼の母親も、父親と同様に頭を下げる。
この人は本当に苦手だ。自分の息子が大切すぎてアタシの話なんて聞きやしない。
子離れできていない母親が彼をことごとく甘やかしているのは知っている。
だから今回のことも、全てを知っていながら知らんぷりをしてやり過ごそうとしているのがありありとわかる。
悪いけれどこちらはしっかりと全貌を掌握しているし、折れるつもりは一切ない。
頼む! と頭を下げる彼に深くため息を吐いた。
余りにも予想通りすぎて舐められたものだなぁ、と感じながら弁護士さんへ視線を向けると、彼女は懐からA4サイズの封筒を取り出した。
封筒にははっきりと、〇×興信所とスタンプが押してある。
それを見た瞬間、男の顔色が変わった。
彼のご両親は何事かとソワソワした様子だ。
「××商事の宮野さん、□△薬局にお勤めの武石さん、×△クリニックにお勤めの宮根さん。
それにご自分の部下の有元さんに来栖さんでしたか……この方々をご存じですね?」
そう弁護士が言うと真っ青な顔をして彼は黙り込んだ。
全員知っているはずだ、名前を読み上げられた人たちは全部彼の浮気相手なのだから。
青ざめて俯く彼を見下ろしながら、アタシは小さく咳払いをしてから言葉を発した。
「ほんの出来心でこんなにもの女性と関係を持てるなんて、ある意味尊敬します。
『私だけを愛している』……なんて言葉、どう信じればいいでしょうか?」
アタシの言葉を聞いて、彼の両親が絶句した。
それもそのはず、不倫相手が複数いたなんて今初めて伝えたことだから。
はくはくと口を数回開いてから、彼の父親が彼を問い詰め出した。
違う、誤解だと叫ぶ彼に対して弁護士が証拠の写真を叩きつけ、そこからはもう修羅場だった。
憤慨して彼に殴りかかる彼の父親、彼の母は必死になってそれを止めようとしていて、そこに一応と待機していた補佐の男性スタッフが止めに入る。
当事者で被害者であるアタシはただ置いてきぼりにされ、ただ目の前で起こっている馬鹿らしい出来事を傍観する。
怒号が飛び交う中、唯一考えたのは子供がこの場にいなくて良かったと言う事くらいだった。
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