0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
見切り品の弁当の入った袋をさげ、我が家へと歩く夜の道。
36年目の生誕祭をめでたく一人で迎えたばかりの私は、プロがピッキングしたなら五分で解錠できるであろうアパートのドアを開ける。
むわっとした湿気に顔をしかめつつ、電気をつけたその時、
「はろー」
見知らぬ老人が一人、部屋の中心で手を上げていた。
「ひぃいいいっ……いっ」
老人が指をぱちりと鳴らすと、私は指一本動かせなくなった。
「大丈夫。ボクは仙人。あんたの味方だ。願いを一つだけ叶えてあげる。何でも言ってみなさい。あ、喋れないんだったか。心の中で言ってごらん」
『ど、どうして、私なんかの』
「うん、君、妊娠してるよな。上司との不倫の子だっけか?」
『……っ!』
「そのお腹の子なあ。容姿端麗、頭脳明晰、ありとあらゆる素晴らしい素質を持った子でな。できれば産んであげてほしいのだ」
『そんなに、素晴らしい子なんですか?』
「うむ。出不精のボクが下界に足を伸ばすくらい。ほれ、なんでも言ってみ。あんたも渡りに船だろう?」
仙人はそう言って、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
私は信じられない思いで仙人を見た。
妊娠を告げた途端に捨てられ、絶望しかない三十路の私にこんなチャンスが巡ってくるだなんて。
『じゃあ……』
「うむ」
『私を、お腹の子に生まれ変わらせてください!』
「よし、相手を離婚させてあんたを一生愛するようにすればいい……へ、へえぇ!?」
『お腹の子に生まれ変わらせてください!』
「そんな選択肢あるかぁ! 上司じゃなくても最高の男と結婚させてとか色々あるだろうが!」
『お腹の子に生まれ変わらせてください!』
「千と◯尋か! そっそれに、そんなことしたら誰が」
『お腹の子に生まれ変わらせてください!』
「……あい分かった」
かくして私は最高の素質をもった人間に生まれ変わることに成功したのだった。
幸せになれた私だが、一つだけ気になることがある。
私を産んだ母の顔をしたこの人は、一体誰?
最初のコメントを投稿しよう!