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あれはいつの頃だったか。
つい最近のようにも、遠い昔のようにも思う。
とにかく、その時私は泣いていた。
しかし、私はなぜ泣いていたのだろうか。嬉し涙ではないことは覚えている。悔し涙でもない。いや、悔しい思いもあったような気がする。
たしかあの時私は浴室にいた。右手に何かを握りしめて、左手首を見ながら泣いていた。
そうか、私は死にたかったのか。
いや、違う。死にたかったのではない、生きてゆけないと判断したのだ。
本音は、生きてゆけるのなら生きたかったように思う。
私は自分を殺してしまったのか――。
しかし、なぜ生きてはゆけなかったのだろう。
――あぁ、そうだ。私はいじめられていたんだ。
私は驚くほどに不器用だ。雨の日に傘を差していてもびしょ濡れになるし、靴ひもはいつも縦結びになりすぐにほどける。
そんなんだからどんな仕事も上手くこなせない。その上どもりがひどく、人の目を見て話すことすらできない。私が唯一得意だったのは人を苛つかせることだろう。
あの時私は死ぬために泣いたのだ。自分への憎しみと、両親への申し訳なさに泣いていたのだ。
両親はこんな私にでも限りない愛情を注いでくれた。
そんな優しい両親が一人娘の死を――しかも自害という事実を――知ったとき、どんな顔をしただろうか。
死ぬ直前の私のように泣いただろうか。
それとも、泣くことさえできなかっただろうか。
どちらにしろ私が度を越す親不孝者であることに変わりはない。
――次は周りに迷惑をかけないような人に生まれたいな。いや、周りに手をさしのべられるような、器用で余裕のある人がいいな。たとえそうでなくても、また信じられないほどに不器用に生まれてしまっても、今度は親を悲しませることはしたくない。天寿を全うするように生き抜いてやろう。
いよいよ時が来た。
暗くて狭いみちの先、たどり着いたその場所は強い光に溢れていた。
今度は生きるために、私は泣いた。
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