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Ⅱ
品の良いスーツを着こなした、なかなかの美丈夫と傍らには....若々しい草色のスーツで緊張した面持ちで佇む可愛らしい青年がひとり...。
「ミーシャ?」
ミハイルは、訝し気に見上げる俺に気がつかない素振りでにこやかに、加賀谷隆人というらしい美丈夫と挨拶を交わしている。
隆人が青年を示して言う。
「マイ パートナー、高遠遥」
ーえ?ー
ミハイルは訝る俺をよそに平然と言った。
「マイ ワイフ、狼小蓮(ラァシャオレン)」
ーミーシャ!ー
俺は思い切りミハイルを睨みつけるがヤツは白々しく青年...高遠遥を示した。俺は仕方なくにっこりと微笑んだ。
「高遠遥です」
「狼小蓮です」
青年はなんとも言えない表情で俺を見た。それはまぁそうだろう。
ダイニングルームでアペリティフから始まったディナーは魚料理がすんで、口直しのソルベになった。
遥はあまり英語が得意ではないらしい。俺がなんとはなしに目配せをするとミハイルが言った。
「小蓮、遥と日本語で話してあげなさい」
「いいのか」
「かまわない」
「じゃあ、日本語で話す」
俺は目を真ん丸くしている遥に言った。
「五歳から十八歳までは日本で暮らしていたんだ」
遥はほっ....と息をつき、にっこりと笑った。
「どおりでうまいと思った」
「遥は英会話は苦手なのか?」
俺が訊くと、遥はスプーンを止めて、ちらっと隆人を見た。
「今特訓中だよ。習い事ばかりさせられてる」
「何を習ってるんだ?」
「礼儀作法、茶道、生花、書道、英会話」
「花嫁修業か?」
俺が真顔で訊くと遥は激しく首を振った。
「違う。そうじゃない」
「楽しそうだな」
隆人がご丁寧に英語で入ってきたので、訊ねた。
「隆人は、なぜ遥に習い事をたくさんさせているんだ? それより体を鍛えた方がよさそうだが」
「祭司を務めるので、それなりの教養が必要なんですよ」
「仏教の僧侶には見えないな」
ミハイルの言葉に、隆人が肩をすくめた。
「信じると思えば、道端の石も信仰の対象になり得る国でしてね、ここは」
「日本には神道てものがあるんだ。後で教える」
「そうか」
ロシア語でミハイルに耳打ちをしたその時、隆人とレヴァントのモバイルが同時に鳴動した。俺は思わずスリットに手を伸ばした。が、ミハイルがそれを制した。
隆人がミハイルに言った。
「うちの者に任せてもらいましょうか」
ミハイルがふっと笑い、俺の手を軽く握った。
「お手並み拝見」
「どこで?」
「ここで」
隆人の目が壁際で静かに控えていた青年に向けられた。
「俊介」
「かしこまりました」
青年がするりとダイニングルームの入口に移動する。
それを見て、遥は呼ばれる前に立ち上がると、隆人の影に隠れた。
ドアチャイムが鳴り、ニコライが対応する。カーペットでワゴンのタイヤの音はしないが、気配は近づいてくる。
「お肉料理をお持ち――」
シェフの帽子を被った男の口にハンカチが押し込まれた。それでも男は押してきたワゴンの影から拳銃を取り出す。
が、次の瞬間にはその両手首がくるりと捻られ、拳銃が床に落ちた。呻く男の手を捻り上げている青年はそれを遠くへ蹴り、返す勢いで足払いを掛けて男のバランスを崩させ、膝裏を勢いよく踏んだ。
たまらず床に膝をついた男の背に体重を乗せて動きを止める。肩関節が外れそうな角度で腕を背中に回させ、一見力の弱そうな手が男の両手をまとめて掴んだ。そして腰から手錠を出すと男の両手首に掛けた。
時間にして恐らく十秒あまり。
「埃を立てまして、失礼いたしました」
青年が頭を下げて詫びた。
「失礼.....」
俺はミハイルに目配せして席を立ち、跳ね除けられた拳銃を拾い上げた。
「モノはなんだ」
「S&W だ。古いな」
「ふん...」
俺達はロシア語で短く交わし、ニコライを見た。ニコライは黙って頷き、加賀谷のSPに手短に告げた。男がミハイルの部下に引き渡されると、本物のシェフが新しい肉料理の皿を運んできた。青年は元の位置に戻っている。
ミハイルが瞬時に楽しそうな顔に変わった。
「彼はニンジャか? 入り口に立っていたのに、あの男は気がつかなかったぞ」
ミハイルが青年を示した。
「武道の応用ですよ。我が流派の第一人者です」
「興味深い」
ミハイルが目が光らせた。
「と言うことは、ミスター加賀谷も武道をされているんですな」
「一通りは修めました」
ーふぅん....ー
「どおりで姿勢がきれいで腰が据わっていると思った」
改めて隆人を見る。応揚だが隙の無い気配はこれか....と思った。
「一度、お手合わせをお願いしたいものだ。なぁミハイル?!」
ーこら......ー
とミハイルが軽く俺を睨んだ。
遥がゆっくり瞬きをし、俺達二人を交互に見た。
俺達は同時に遥に視線を移した。遥がにっこりと笑いかけた。
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