健康な妻

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 正餐室にはすでに朝食の皿が並べられていた。  窓の向こうには朝霧のけぶる菜園が広がり、ガラスを伝うスイカズラの花が彩りを添えている。  太陽の寵愛をうけ摘まれたばかりのハーブと野菜、産みたての卵、血入りソーセージ、新鮮な水。どれも栄養バランスを重視した私セレクトの健康メニュー。  まずは力強く盛り上がった卵の黄身にフォークを刺す。あふれだした濃厚な黄色を舌に絡ませる。ハーブ入りの水を喉に流すと躍動の気配に胃が震えた。 「いただきます」  対面に座る妻がかぼそい声でそう言うとカップにコーヒーを注ぎだした。  私は即座にそのカップをひったくり、代わりに置いたコップに勢いよく水を注いだ。これ見よがしに水を切り、 「君は胃が悪いからカフェイン禁止って言ったね? これ以上健康を損ねたら殺すよ」  大きく息をのんだ妻は、握り合わせた手を胸に埋め縮こまる。  震えだしたその体のあちこちに鬱血の跡がついていた。私のつけた跡だ。健康であるからこそ責めに耐えられるのだ。一日の全てを管理している私に感謝で震えているのだろう。  私は神様から頂いた体を蔑ろにする痴れ者の妻に鷹揚に微笑んでみせる。  私を映す美しい目から涙がこぼれ落ちた。  出会いこそ無理やりつれてきたけれど、心を開いてくれる日はいつくるのだろうか。  できる限り長生きさせなければ。
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