この夏を破壊したい。

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国道は車の通りが多く、見つかるリスクが上がるのでその反対側へ向かう。時刻はもう午前三時で、標的たちはほとんどが眠りについているようだったけれど、ぽつりぽつりと電気がついている家も見える。 そうなるとキリコは獲物を見つけたとばかりに騒ぎだすのだった。 「こんな時間まで起きてる悪人にはセミの鳴き声をお見舞いしましょう!」 「お前が言うな」 「だから常時喰らってるじゃないですか」 「これ刑罰って認識だったんだ」 「わたしは違いますけど~、どっかの夏嫌いさんはそうに違いないです」 確かに暑いしだるいしで、いつものぼくならそう思ったかもしれないけど。 「……楽しいんだけどな」 口から出てしまって、直後にやってしまったと後悔する。 振り返ると、キリコにムカつくぐらいの笑顔でお出迎えされた。 「君も楽しくて、よかったです」 何の含みもない、素朴な言葉がひどくきまりが悪くて、無言で前を向き直る。 それから自転車は住宅街を抜けて、田園へと突入した。それと同時にキリコが静かになる。さっきまで引っ切り無しに喋っていたのに、疲れてきたのだろうか。キリコにしては早い気もするけれど。 「そろそろ帰る? もう周囲田んぼしかないしさ」 「はい……そうですね……んん?」 どうも歯切れが悪い。どうしたのかと思っていたら、聞き耳を立てて周囲をきょろきょろ。なにかあるのかと同じく聞き耳を立ててみるけど、とりたてて異常は見つからない。 「どしたの」 「セミが……鳴いてる」 キリコは独りごとみたいに呟く。 その視線はここじゃないどこかを見つめていた。 「いや、セミはぼくたちが鳴らしてるじゃん」 言っている意味がわからなくて戸惑ってしまう。 でも、キリコの瞳はしっかりと何かを捉えている。 「違う、わたしたち以外にセミの声がする」 「……え?」 半信半疑でラジカセの音量を下げてみると、機械化セミの鳴き声に混じって微かに別のセミの声があるのがわかる。それは、音量を下げるたびにはっきりとした感覚として鼓膜を揺らすようになっていく。 幻聴や残響、こだまのどれとも違う、実体のある現実として。 驚いて振り返るとキリコもこちらを向いていて、目が合った。 「まだいたんだ、生き残りが……!」 二人の声が重なる。 東京でも上手く避暑地を見つけて生き残ったセミがいたのかもしれない。あのネットニュースだってしっかりした調査の下書かれたものじゃないだろうし、そんなことがあってもおかしくない。 「探しに行こう!」 キリコは空を引っ掻くみたいに虫取り網を振る。 自転車がぐらぐら揺れて危ないからやめてほしくて、バカみたいな笑顔だってうざったくて見てられなくて。 「行こっか」 でも、それも悪くないなと思うのだった。 朝が近づいてきたのか、空の紫は徐々に明度を増し、縁のほうから淡く変わってきているのがわかった。無礼講は、誰も見てない夜間限定。日が昇ったらお開きだ。 だから、せめて夜が終わるまでは。 「ぼくはここにいるぞ」 「ここにいるぞー!」 夜が終わるまでは、鳴いていようと思う。
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