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翌朝も一緒に朝食を摂り、瑞季(みずき)が筆が進みそうだというので、壱哉(いちや)は席を外した。佐伯(さえき)に連絡を入れる前に、旅館周辺の様子を見に行きがてら、祭りの下調べに行く事にした。 今日こそ、瑞季に良いところを見せ、この想いを成し遂げてみせる。公私混同甚だしいが、いや、これも瑞季のリフレッシュの為でもあると、気合いを入れ直す。 町は長閑で、蝉もあちこちで気合い十分に鳴き散らしている。とりあえず、神社までの道を歩いていると、赤い欄干の橋が見えた。その橋を渡りつつ下を覗くと、穏やかに川が流れ、浅瀬では、子供達が楽しそうに水遊びしている。橋を渡りきれば、神社へと続く参道も見えてきた。その手前から露店が幾つも建ち並び、既に祭りを迎える活気に満ち溢れていた。 壱哉は想像した。陽が落ち賑わう町を瑞季と二人、浴衣を着て歩く。カラコロと下駄を鳴らしたりして。金魚を掬って射的をして、りんご飴を食べ、焼きそばを食べ、あの神社へ続く階段を、人波の中、上がっていけば手が触れる。その手をさりげなく繋いで、そして花火を見上げるのだ。そして見つめ合った二人は…。 「いい!これぞ日本の夏!!」 『花火は上がらないよ、花火大会はまた別だからさ』 「え、」 『神社で盆踊りすんの』 電話の向こうの佐伯の言葉に、壱哉はがっくり項垂れた。 いや、花火が無いくらいなんだ。盆踊りこそ夏の風情、告白に支障はない。 『まぁ、先生にとって良い気分転換になるといいけど。よろしくな』 「はい!任せて下さい!」 『あ、あと、あの赤い橋あるだろ?あそこは気をつけろよ』 「え?どうしてですか?」 『祭りの時期は、怪我人とか出るんだよ。用心して渡れってのが昔からの言葉でさ。ま、祭りだからって、はしゃぎすぎるなって事だな。壱哉君なら大丈夫だろうけど』 「いえ、念の為注意します」 そう言って通話を切り、昼間通った橋を思い出す。そんなに大きくない橋だ、怪我人というのも、祭りで賑わった人々が押し寄せたとか、走っていて転倒したとか、恐らくそんな所だろう。 しかし、油断は禁物だ。 壱哉は頷き、自分の身を改める。髪をさりげなく直し、浴衣の具合を確かめる。壱哉は背丈もがたいも平均的だ、浴衣は細身だとあまり見映えが良くならないので、難しい。少しは様になっているだろうか。 そうして念入りに自分の姿を確かめ、瑞季の部屋へ向かうと、彼もすっかり身支度を整えていた。紺色の浴衣がレンタルとは思えない程、彼に似合っている。壱哉より少し背が低く細身だが、不恰好に見えず、普段は隠してる色香が存分に漂っている気がして、目が眩みそうだった。 「浴衣のレンタルなんてあったんだね。温泉の浴衣じゃないの、初めて着るよ」 そう言って髪を耳に掛けて、照れくさそうに笑う姿に、壱哉は抱きしめてしまいたくなる衝動を必死に抑えて、代わりに声を震わせた。 「せ、先生、に、似合ってます…!」 「ありがとう、壱哉君も格好いいよ。じゃあ、行こうか」 「は、はい!」 念願のお祭りデートの幕開けだ。
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