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追補編
「はい、めでたしめでたし!」
ぱたり、と絵本を閉じて青年は宣言する。
「これで『追放された裁縫師』のお話はおしまいでーす! みんな、どうだったかな?」
彼は駆け出しの冒険者だが、冒険者組合の地域振興活動の一環として、地域の子供達に絵本の読み聞かせを行っていたのだ。
戦闘や探索の腕はまだまだだが、集団を指揮するタイプの職を持っていることもあり、子供の扱いはお手の物だ。
周囲に集った少年少女は口々に感想を述べる。
「ホウホウうるさい」
「語彙に無理やり感がない?」
「の方、の方、って多すぎるでしょ」
やっぱり気になるよなぁ、と青年は思う。
この絵本を書いたのは彼の知人だが、恐らく「追放された裁縫師」という言葉の響きに、何か感じ入る物があったのだろう。
駄洒落じゃないか、とか、そのような。
「文体の件は俺も同意する。それ以外だと、何かあるかな?」
延々と続く文体への文句を断ち切るように、そう尋ねる。
「シャンに救いはないの?」
「流石にヒツジ肉で腕が生えるのは無理があるでしょ」
「西方の至宝のワルメアって、実在の人じゃない? 訴えられない?」
次々に飛んでくる質問に、青年は一つずつ回答した。
「シャンさんは強制奉仕を満了した後、ダウジングで石油を掘り当てて大富豪になって、奥さんと子供に囲まれて幸せに暮らしてるよ」
「めっちゃ救いあったね」
ついでに言えば、この『追放された裁縫師』の絵本を書いたのもシャンだった。脇役なのに微妙に出番が多いのも仕方ないと言える。
「ヒツジ肉で腕が生えたのは事実らしいよ」
「裁縫師こっわ……」
青年の知るゴメスの腕は、普段は反対の腕と比べて大きな差はないが、定期的に剃らなければ、ふわふわの腕毛が生えてくる。
物心つく前は、腕に抱かれたままその毛を引っ張るのが好きだった、と青年は何度も両親に聞かされた。
「ワルメアさんには、というか登場人物には皆許可を取ってるから大丈夫」
「へえー、すごい……というか、あれ、これって本当にあったお話なの?」
「そうらしいよ」
青年の言葉に、少年少女はざわめいた。
「いや裁縫師こっわ……」
「非戦闘職ってすごいんだね」
その反応に、青年は満足げに頷く。
どうやら青年の思惑通り、非戦闘職冒険者の株を上げることにも成功したらしい。
羊飼いという職が冒険者らしくないと侮られたことで、その感性を払拭すべく、私物かつパイロット版の絵本を読み聞かせたのだが――身内の恥を晒した甲斐はあったと言えよう。
「ねえ、羊飼いって何ができるの!」
「石をパンに変えられる?」
「スリングで巨人族に勝てる?」
少々期待が膨らみ過ぎている気もするが。
青年は、ただ苦笑いでそれに返した。
<了>
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