追放された裁縫師

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追放された裁縫師

 霊峰ハイホウは、東方の王国における最高峰であった。  それは単純な海抜的な意味でも、数あるダンジョンの難易度という意味でもだ。  難易度はSSSSランクとされ、方々で苦難を乗り越えてきたSSSランクパーティ【翠鳳の警報(ハウリング・ジェイド)】にとっても難しい方の冒険と言えた。  いまだダンジョンの入口にすら辿り着いていない一行だが、四方を薄靄に包囲された登山は、体力のない者にはそれだけで厳しい。  裁縫師(テイラー)のヨイシアは【翠鳳の警報】の中では若い方のメンバーだったが、裁縫師という職業柄、棍棒使い(スマッシャー)矛戟士(スピアラー)のような戦闘職と比べて体力に劣る。  同じく肉体派ではない魔法士(メイジ)でも、魔力が豊富な霊峰では、疲労回復魔法程度なら使い放題だ。 「つーかーれーたー! もう一歩も歩けませーん! 帰りたーい!」  しかし、そんな弱音を吐いたのはヨイシアではない。ヨイシアも長年の冒険でそれなりに鍛えられた方だし、何より冒険を途中で放棄するような放言は慎む方でもある。  声の方にいたのは、【翠鳳の警報】に所属するもう一方の裁縫師の少女、ワルメアだった。 「ワルメアちゃん。こんな所で寝転がったりしたら、魔物に襲われたときに危ないでござるよ」  半着に野袴の大男、侍法師(パラディン)のゴザブロウが困った顔でワルメアに声をかける。 「だって歩けないもん! ゴザくん、抱っこして!」 「仕方ないでござるなぁ」  ゴザブロウは言葉とは裏腹に、嬉しそうにワルメアを抱き上げた。  後ろでそれを見ていたヨイシアは、呆れるより前に呆けてしまった。  ゴザブロウは【翠鳳の警報】では最も防御に優れ、前衛の要となる壁役だ。その手が封じられた方が、魔物に襲われたとき余計に危険になる。  注意した方が良いだろうと、疲れた体に鞭打って其方(そちら)に歩を速める。そんなヨイシアより先に、更に前方からそれを咎める声が放られた。 「ゴザブロウ。防御の要、侍法師の手が封じられるのは不味い。ワルメア嬢を抱えるのは僕の方が適任だ」  そう言ったのは弓使い(ボウヤー)のホーク。愛用の弓を放り投げる勢いで二人の傍へ近寄ると、ゴザブロウの手からワルメアを抱き抱えた。  それを見て、ヨイシアの方も遂に自分の頭を抱える。  霊峰ハイホウのような急峰、山肌を除く三方を空に包囲された場では、遠方射撃を担う弓使いの方も重宝する。冒険中に暇な者などいないにせよ、何方(どちら)も今は特に必須の役割を奉ずる立場なのだ。  ヨイシアは鳥打帽を深く被り直し、三人に見えないようこっそりと縫い針を動かした。  裁縫師の持つ特殊な技法(スキル)、『人和の陰縫(ペティ・フェイト)』。運命を望む方向へ少しだけ後押しするだけの基本技法だ。今回はヨイシアの予想通り、それだけで十分だった。 「おい、ゴザブロウにホーク! お前ら何やってんだ、周囲の警戒をサボるな!」  矛戟士のランスが三人の方に近付き、話を聞いてあっという間にワルメアを抱き上げてしまう。  侍法師と弓使いの二人は横暴だの違法だのと文句を言いながらも仕事に戻った。  もちろん冒険中に矛戟士が暇な訳ではないが、もっと忙しいはずのリーダーや斥候役を除けば、他に手が空いているのはヨイシアにも腕相撲で負ける魔法士くらいだ。  魔法士のシャンは疲労回復魔法を使えるが、以前の冒険で同じように疲労で歩けなくなったワルメアにその魔法をかけた所、酷く睨まれた以降、彼女に疲労回復魔法をかけたことは一度もない。  ようやく事が収まり、ヨイシアはホウ、と息を吐いた。ワルメアも悪気があるわけではない。彼女は新米冒険者で、まだこの【翠鳳の警報】に参加して期間も短い。冒険に慣れていないのは確かだ。  ワルメアが新規メンバーとして紹介された際、ヨイシアは一度、やめた方が良いのではないかと忠告した。SSSランクパーティのこなす冒険は、新米冒険者がついて来られるものではないからだ。  しかし、他ならぬ裁縫師のヨイシアがやっていけるパーティなら、同じ裁縫師のワルメアが加われない法はない――そう他のメンバーにも押し切られ、無理のない範囲でと念押しの上で承諾した経緯がある。  最初の方の数回の冒険は、ワルメアに合わせて比較的安全な方のものとなったが、ワルメアへの護りを厚くしつつ徐々に難易度は上がり、遂には今回の霊峰ハイホウだ。  明らかに無理のある方だと思うのだが、ワルメア自身の意見によって、この冒険は決行された。  ヨイシアはふと追想する。【翠鳳の警報】に入ったのは今から数年前、ちょうど今のワルメアと同じ年頃だったが、その頃の自分もあれほど体力が無かったろうか。  ソロ冒険者だったヨイシアは、当時ありふれた万年Cランクパーティの一つだった【翠鳳の警報】に誘われ、後方支援として参加した。最初のうちは慣れない環境に苦労も多かったが、経験と共に体力も増え、パーティがSSSランクに達した今では、当時の記憶もそれほど明確ではない。それなりに動けた方だった気もするが、実際は怪しいものだ。  ヨイシアは四方山(よもやま)な思考を放り捨てると、再び冒険の方に意識を向けた。  そこへ前方からパーティリーダー、棍棒使いのゴメスの声が響き渡る。 「皆、来てくれぇ!」  ホウ、とヨイシアは安堵の息を吐く。  一行より更に先行していた七方出使い(ニンジャ)のニンニンマルが、目的地……の、入口を、見つけてくれたのだろう。  遠くまで視界の利かない薄靄の中、よく頑張ってくれた。 「見つけたぜぇ! 霊峰ハイホウの真の入口、埋放洞穴(ロスト・ケージ)だぁ!」  ゴメスの野太い咆哮が霊峰に木霊(こだま)し、それに引き寄せられた魔物が四方八方から襲い掛かってくる。いつものことなので誰も慌てない。一番新参のワルメアも、もう慣れてしまった様子だ。  ほぼ全てのメンバーで協力し、無数の魔物を片付けた後、SSSランクパーティ【翠鳳の警報】一行は、遂にSSSSランクダンジョン・霊峰ハイホウの埋放洞穴に挑んでゆくのだった。
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