お別れの時

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料理をしていると、ぐらりと地震が起こる。 その時、一瞬だけ向こうの世界が見えた。 「葵!葵!」 倒れている俺を、兄さんが抱えて呼んでいる。 あぁ…そうか。 俺はきっと、昨日の兄さんの心を救う為に未来から来たんだ。 ぼんやりと考えていると、リビングのドアが開いた。 驚いて振り向くと、田中さんが複雑な顔で俺を見ている。 「あれ?田中さん、今日は早いですね」 そう言うと、田中さんが無言で近付いて俺の手首を掴むと壁に押し付けた。 「翔さんと……寝たんですか?」 と言われて、思わず視線を落とす。 「どうして翔さんは良くて、私じゃダメなんですか?」 田中さんの言葉に、俺は真っ直ぐに田中さんを見つめて 「あなたには、別の恋人が…」 と言い掛けてから 「例え今…出会って居なくても、近い未来、貴方は俺の大切な幼馴染みの恋人になるんです。それに、俺が好きな人は兄さんなんです。兄さんだから、俺は抱かれたんです」 そう答えた。 すると田中さんは悲しそうに小さく笑い 「生まれて初めて…翔さんに嫉妬しました」 と呟き、俺の頬に触れる。 「もう、諦めますから…最後にキスをさせて下さい」 そう言われて断ろうと口を開き掛けた時、頬にキスを落とされると抱き締められた。 ふわりと香る田中さんのコロンの香りが、蒼ちゃんの笑顔を思い出して胸が痛む。 すると田中さんはゆっくりと身体を離し 「貴方と出会って…翔さんが見る見る変わりました。貴方の深くて大きな愛情が、翔さんに自信と生きる意味を与えて下さったんです。そして私も……、もう少し人に優しくなろうと思えるようになりました」 田中さんの言葉に、俺は笑顔を浮かべて 「じゃあ、俺が此処に来た意味があったんですね」 そう答えた。
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