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「多分、もうじき俺は元の世界に帰ると思います。戻った後も、兄さんの事をよろしくお願いします」
俺は田中さんに深々と頭を下げて
「色々と反抗されると思います。それでも、ずっと田中さんが兄さんを守り導いてくれたから、俺が出会った優しくて暖かくて器の大きな兄さんになるんだと思います」
そう続けた。
田中さんは小さく微笑み
「分かりました。あなたに出会うまで、私が翔さんを必ず守ります」
と言って俺に手を差し出した。
俺も田中さんの手を握り返すと
「もう少しは居られると思うけど…、正直、いつ戻されるのかは、神のみぞ知るなので…。でも、田中さんにも出会えて良かったです」
と言って微笑む。
すると突然、リビングのドアが開き
「何?どうして2人、握手なんかしてるの?」
おそらく学校から走って帰宅したであろう中学生の兄さんが、俺と田中さんを交互に見て呟く。
「えっと…、いつ帰るかわからないから?」
苦笑いしながら答えると、中学生の兄さんは不安そうに顔を歪める。
「まだ…大丈夫だよ」
小さく微笑む俺に、兄さんはキツく俺を抱き締めて
「怖いんだ。学校から戻ったら、もう葵は居ないんじゃないか?今日…眠ったら葵はもう、隣にいないんじゃないかって…」
怯える子供のように呟く兄さんの背中を撫でて
「今、居なくなっても、未来にはずっと一緒に居るんだから…」
と言い聞かせるように呟く。
するとその時、再び地震が起こる。
『葵!葵!』
俺が生きている世界の兄さんの顔が、歪んだ時空から見えた。
すると中学生の兄さんと田中さんが、その時空の歪みから見える兄さんの顔を見て驚いている。
「俺…将来あんな風になるんだ…」
呟くと、歪みがゆっくりと消えて行く。
「頭では分かっては居たのですが…、本当に未来の方なんですね」
ぽつりと呟いた田中さんに、俺は小さく微笑んだ。
どうやら…本当に帰るみたいだ。
俺は兄さんの頬に触れ
「忘れないで…。例え俺が未来の人間だとしても、中学生の翔も…もっと過去の翔も…、そして未来の翔も、俺は愛してる」
そう言って微笑んだ。
「葵…」
「もう、翔は大丈夫だよな。俺が未来に帰っても、1人で本来出会う筈の俺と出会うまで、強く生きて行けるよな」
と言うと、中学生の兄さんは頬に触れた俺の手に手を重ねて
「約束する。もう、誰に何を言われても、生まれて来なければ良かったなんて思わない」
そう言って微笑んだ。
「良かった…」
俺が微笑むと、中学生の兄さんの手が薄くなって行く。
「葵!」
俺の名前を呼ぶ中学生の兄さんの首に抱き付き、最後のキスを交わす。
「翔…愛してるよ。時を超えてもずっと…」
「葵、必ず見つけるから!必ずこの時代のお前を見つけるから!」
涙を流して叫ぶ中学生の兄さんに頷くと、一際大きな地震が起こる。
(あぁ…本当に帰るんだな…)
そう思った時
「俺も!俺も…過去も現在も…そして未来の葵を愛してる」
と叫んで強く抱き締められた。
再び重なる唇の感触が段々と消えて行く。
そして俺はそのまま意識を失った。
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