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「ふぅ…こんなもんかな。」
思いがけず掃除に熱が入っちゃった。
でも、満足。
「さすがにそろそろ出なきゃ。」
ざっと体を流して入り口に手をかけると、力を入れる前に何故か開いたドア。
何が起こったのか理解できなくて呆然としていると、開いたはずのドアが少しの間を置いて勢いよく閉まった。
「俺は何も…何も見てないからな!」
「…え。」
バタバタと脱衣所から出て行く音がして、ようやく状況が飲み込めた。
見られた…絶対亜門さんに裸見られた…!
スッピンどころか裸も見られるなんて…どんな顔して会えばいいのか分からない…!
というか会いたくない!
少なくとも今日は!
…そうだ。
今日はもう、亜門さんと顔を合わす前にさっさと寝てしまおう。
「でも、その前にお水だけ飲みたいな。」
カラカラの喉を潤したくてキッチンへ行くと、リビングのソファーに座る亜門さんが目の端に映った。
何でリビングに居るの…
部屋に居てよ~…!
「なあ、さっきの事だけど…」
「はい?!」
まさか声をかけられるとは思わなくて、変な声が出てしまった。
冷静に冷静に…
いつも通りにしなきゃ…
…やっぱり無理。
顔見れない。
いつも通りとか出来るわけないっ。
「さっきのは…別に、あんたの裸見ようとか思ったわけじゃないから。あまりにも時間が長いから、風呂で変な事でもしてんじゃないかと思って確認しようと思っただけ。」
「変な事って…」
お風呂で何をすると?
「それに、あんたの裸とか見ても別に…何とも思わないし。」
「あ…そう、ですよね。」
あれ…?
なんか凄く、胸が苦しい。
何でこんな、傷ついたみたいな…
胸が、ぎゅって絞られるみたいに痛い…
私の裸を見ても何とも思わないなんて、当たり前なのに。
だって、亜門さんにとって私は、家政婦であって女じゃない。
私だって、亜門さんに男性としての興味なんて無かったはず。
だからこそ、私は家政婦として雇われたんだから。
「…好きでもない女の裸見たところで、何とも思わないですよね。むしろ、変な物見せてすみませんでした。」
「いや…俺そこまで言ってないんだけど…」
分かってるはずなのに。
少しでも表情を崩せば、すぐにでも泣いてしまいそう。
「私…そろそろ、寝ますね。」
「は?寝るって、まだ22時にもなってな…」
「おやすみなさい。」
これ以上ここに居たら本当に泣きそうで、なるべく亜門さんの顔を見ないように小走りで部屋に戻った。
「はぁ…」
私1人で寝るには勿体ない大きさのベッドにダイブすると、丁度いい硬さのマットが優しく受け止めてくれた。
手触りの良いリネンが気持ちいいはずなのに、今はそんな事を感じる余裕なんてない。
「何とも思わない、か…」
さっきの言葉が、頭の中で何度も再生される。
普段と変わらない様子で言われた事が、余計に悲しかった。
亜門さんに女性として見てもらえてない事に、こんなにショックを受けるなんて…自分でも、ちょっと戸惑ってる。
「私、亜門さんの事いつから…」
酷い事も結構言われたよ?
しかも、最初にタイプじゃないって宣言までされてる相手だよ?
「でも…優しい所も沢山あるんだよね…」
そんなに長くはない家政婦生活だけど、亜門さんの優しさは何度も感じた事がある。
絵を描いている時の真剣な表情は素敵だと思うし、野菜が食べれなくてチマチマ避けている姿は、ちょっと可愛いと思う時もある。
…いつの間にか、亜門さんの事特別に思い始めてたんだな。
「失恋確定なのに、バカじゃないの私…」
報われない事が分かってるなら、自覚なんてしない方が良かった。
そしたら、こんなに苦しくも無かったのに。
「…この気持ちは、絶対知られないようにしなきゃね。」
だって知られてしまったら、結局他の女性と同じだったって、失望されてしまう。
フラれた上に失望されるなんて、そんなの絶対嫌だから。
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