16話

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部屋に入ると、何故か驚いた表情の亜門さんに、まじまじと見つめられた。 「なぁ…この部屋小さくないか?こんな所で本当に住めるのか?」 「亜門さんの家が大きすぎるんですよ。普通はこんなものです。これでも元は2人で暮らしてたので、1人にしては大きい方だと思いますよ。」 「元は2人…そういえば、結婚しようと思ってた相手がいたって言ってたな。そいつと暮らしてたのか?」 「ええ、まぁ…」 さっきのがその相手なんですけどね…。 「…コーヒー入りました。亜門さんの家にあるような、高級な豆じゃないですけど、どうぞ。」 「ああ。」 安物のマグカップでコーヒーを飲む姿が、見慣れないせいか違和感しかない。 いつもコーヒーカップで優雅に飲んでる姿しか見た事ないからな。 しかも高級そうなやつ。 「ん…まぁ、飲めなくは無いな。」 「それは良かったです。」 何とか及第点を貰えてホッとした。 「それで?」 「え?」 「さっきの男。知ってる奴なのか?」 「えっと…」 「ちゃんと会話が聞こえたわけじゃないけど…あんたの名前知ってたみたいだったから。」 マグカップ越しに視線を寄越す亜門さんは、言いたくないなら別にいいけど、と付け足すように呟いた。 …隠すような事でもないか。 「…さっき言ってた、結婚しようと思っていた相手です。」 「は…?さっきの男が…?」 「はい。ここで一緒に暮らしてたんですけど…あの日、出社したら会社が倒産していて、すぐに戻って来たんです。そしたら、通帳と印鑑と彼に貰ったアクセサリーが無くなっていて。」 「あの男がやったのか?」 「多分そうだと思います。戻って来た時に、マンションから急いで出てくる彼を見かけましたし、電話もずっと繋がらなかったので。」 多分とは言ったけど、今はもう100%裕也がやったことだと確信してる。 今回の事から考えても、間違いないと思う。 「なぁ…もしかしてその日って…」 「亜門さんにぶつかった、あの日です。」 仕事の事と裕也の事。 色々考え込んでたら、亜門さんに気付かずにぶつかっちゃったんだよね。 それがきっかけで家政婦なんてやってるんだから、縁なんてどこに転がってるのか分からないもんだな。 「あの…どうかしました?」 亜門さんの眉間に皺が寄ってる。 でも、怒ってるというわけじゃなさそうだし…。 「いや…別に何でもない。それで、その事警察には?」 「あ…行って無いです。通帳はすぐに止めてもらったのでお金も無事でしたし、アクセサリーも彼に貰った物だったので。ここの鍵を変更しただけで、後は何も。」 「お人よし過ぎだろ…。立派な泥棒だぞ。」 那奈にも同じこと言われたなぁ。 別にお人よしとかではなくて、単純に面倒になっちゃったんだよね…。 その結果がこれなんだから、バカとしか言いようがないけど。 「それで?そんな泥棒男が、今更何でまたあんたの前に現れたわけ?」 「借金で破産しそうだから助けてくれ、ということらしいです。」 「金を貸せって事か?」 「いえ…連れて行きたい所がある、と。」 「それって…あんた、本当碌でもない男を掴まえてたんだな。あんたに夜の仕事でもさせて稼がせるつもりだったんだろ。もしくはもっと…」 「…そうでしょうね。」 「何でまたそんな男と…」 何で、か…。 だって、あんな人だと思って無かったんだもの。 会社の子に連れて行かれた合コンで知り合って、何度か2人でデートして… 優しかったし、話も上手くて、一緒に居て楽しくて。 好きだって告白されて、凄く嬉しかった。 付き合い始めてからだって、好きとか愛してるとか…そういう言葉もちゃんと伝えてくれる人だったから、大事にされてると思ってた。 でも今思えば、片鱗はあったのかもしれないな。 破産する程の借金なんて、昨日や今日で作れる物でもないから、私と一緒に居る時からあったんだろうし。 「私、あの人の何を見てたんだろう…。」 「…上辺だけの甘い言葉に騙されてたんじゃないの。」 上辺だけか…そうかもしれない。 「まぁ、良かったんじゃないの。結婚する前で。それに…これで分かっただろ。」 「え?」 「言葉が全てじゃないって事。」 「ああ、なるほど…?」 「…何で微妙に納得してなさそうな顔してんの。」 「いやだって…やっぱり言葉にして伝えて欲しいこともありますし…。」 「何で女はそんなに言葉を欲しがるんだか…だからそうやって変な男に騙されるんだよ。」 「う…」 ぐうの音も出ない…。 「言葉なんて無くたって、好きな女には態度も行動も違うんだから分かれよな…。」 何でちょっと呆れたように言われてるのか…。 そういえば…亜門さんとこんなに話すの久しぶり、かも。 ここ数日はちょっとギクシャクしてたし…。 数時間前まで、亜門さんと居るのあんなに居心地が悪かったのに、今は凄く落ち着くような気がする。 助けてもらったから…なのかな?
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