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部屋に入ると、何故か驚いた表情の亜門さんに、まじまじと見つめられた。
「なぁ…この部屋小さくないか?こんな所で本当に住めるのか?」
「亜門さんの家が大きすぎるんですよ。普通はこんなものです。これでも元は2人で暮らしてたので、1人にしては大きい方だと思いますよ。」
「元は2人…そういえば、結婚しようと思ってた相手がいたって言ってたな。そいつと暮らしてたのか?」
「ええ、まぁ…」
さっきのがその相手なんですけどね…。
「…コーヒー入りました。亜門さんの家にあるような、高級な豆じゃないですけど、どうぞ。」
「ああ。」
安物のマグカップでコーヒーを飲む姿が、見慣れないせいか違和感しかない。
いつもコーヒーカップで優雅に飲んでる姿しか見た事ないからな。
しかも高級そうなやつ。
「ん…まぁ、飲めなくは無いな。」
「それは良かったです。」
何とか及第点を貰えてホッとした。
「それで?」
「え?」
「さっきの男。知ってる奴なのか?」
「えっと…」
「ちゃんと会話が聞こえたわけじゃないけど…あんたの名前知ってたみたいだったから。」
マグカップ越しに視線を寄越す亜門さんは、言いたくないなら別にいいけど、と付け足すように呟いた。
…隠すような事でもないか。
「…さっき言ってた、結婚しようと思っていた相手です。」
「は…?さっきの男が…?」
「はい。ここで一緒に暮らしてたんですけど…あの日、出社したら会社が倒産していて、すぐに戻って来たんです。そしたら、通帳と印鑑と彼に貰ったアクセサリーが無くなっていて。」
「あの男がやったのか?」
「多分そうだと思います。戻って来た時に、マンションから急いで出てくる彼を見かけましたし、電話もずっと繋がらなかったので。」
多分とは言ったけど、今はもう100%裕也がやったことだと確信してる。
今回の事から考えても、間違いないと思う。
「なぁ…もしかしてその日って…」
「亜門さんにぶつかった、あの日です。」
仕事の事と裕也の事。
色々考え込んでたら、亜門さんに気付かずにぶつかっちゃったんだよね。
それがきっかけで家政婦なんてやってるんだから、縁なんてどこに転がってるのか分からないもんだな。
「あの…どうかしました?」
亜門さんの眉間に皺が寄ってる。
でも、怒ってるというわけじゃなさそうだし…。
「いや…別に何でもない。それで、その事警察には?」
「あ…行って無いです。通帳はすぐに止めてもらったのでお金も無事でしたし、アクセサリーも彼に貰った物だったので。ここの鍵を変更しただけで、後は何も。」
「お人よし過ぎだろ…。立派な泥棒だぞ。」
那奈にも同じこと言われたなぁ。
別にお人よしとかではなくて、単純に面倒になっちゃったんだよね…。
その結果がこれなんだから、バカとしか言いようがないけど。
「それで?そんな泥棒男が、今更何でまたあんたの前に現れたわけ?」
「借金で破産しそうだから助けてくれ、ということらしいです。」
「金を貸せって事か?」
「いえ…連れて行きたい所がある、と。」
「それって…あんた、本当碌でもない男を掴まえてたんだな。あんたに夜の仕事でもさせて稼がせるつもりだったんだろ。もしくはもっと…」
「…そうでしょうね。」
「何でまたそんな男と…」
何で、か…。
だって、あんな人だと思って無かったんだもの。
会社の子に連れて行かれた合コンで知り合って、何度か2人でデートして…
優しかったし、話も上手くて、一緒に居て楽しくて。
好きだって告白されて、凄く嬉しかった。
付き合い始めてからだって、好きとか愛してるとか…そういう言葉もちゃんと伝えてくれる人だったから、大事にされてると思ってた。
でも今思えば、片鱗はあったのかもしれないな。
破産する程の借金なんて、昨日や今日で作れる物でもないから、私と一緒に居る時からあったんだろうし。
「私、あの人の何を見てたんだろう…。」
「…上辺だけの甘い言葉に騙されてたんじゃないの。」
上辺だけか…そうかもしれない。
「まぁ、良かったんじゃないの。結婚する前で。それに…これで分かっただろ。」
「え?」
「言葉が全てじゃないって事。」
「ああ、なるほど…?」
「…何で微妙に納得してなさそうな顔してんの。」
「いやだって…やっぱり言葉にして伝えて欲しいこともありますし…。」
「何で女はそんなに言葉を欲しがるんだか…だからそうやって変な男に騙されるんだよ。」
「う…」
ぐうの音も出ない…。
「言葉なんて無くたって、好きな女には態度も行動も違うんだから分かれよな…。」
何でちょっと呆れたように言われてるのか…。
そういえば…亜門さんとこんなに話すの久しぶり、かも。
ここ数日はちょっとギクシャクしてたし…。
数時間前まで、亜門さんと居るのあんなに居心地が悪かったのに、今は凄く落ち着くような気がする。
助けてもらったから…なのかな?
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