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「よし、時間ピッタリ。」
お弁当を持ってアトリエに来るのも、もう何度目かな。
正直言うと、亜門さんの自宅よりアトリエの方が居心地がいいんだよね。
普通の民家だからかな。
「…あれ?亜門さん以外の靴がある…」
玄関に綺麗に揃えてある、見慣れないヒールの靴。
どこからどう見ても、女性の物。
「…でしょ。」
開けっ放しのドアから漏れ聞こえてきたのは、当然というかやっぱりというか、落ち着いた感じの女性の声だった。
見ない方がいい、盗み見るような事しちゃ駄目だって、頭では分かってるのに…どうしても気になって。
そっと中を覗くと、部屋の奥にあるテーブル越しに、向かい合わせに座る亜門さんと髪の長い女性の後ろ姿が見えた。
会話の内容までは聞こえてこない。
でも、楽しそうに話しているのだけは分かった。
少なくとも、亜門さんは笑顔だったから。
あの人は亜門さんにとって、あんなに楽しそうに話せる相手なんだな…。
この人と会うから、今日は練習に付き合わなくていいって言ってたんだ。
私が居たら2人きりになれないし、家政婦だとしても邪魔だよね。
そっかそっか、そういうことか…。
…帰ろう。
このままここに居ても、辛くなるだけだ。
本当なら、平然としていなきゃいけないのに。
家政婦として、見て見ぬふりをするのが正解なのに。
それでも、やっぱりそう簡単には割り切れない。
アトリエを出てからずっと、頭の中にさっきの光景が焼き付いてる。
あの人が亜門さんの恋人だったとしたら…今のままじゃきっと、平気なフリなんて出来っこない。
「…酷い顔。」
マンションへ帰り、手洗いをしようと入った洗面所。
その鏡に、あまり顔色の良くない自分の顔が映っている。
この1週間、あんまり眠れてないからか、肌の調子もイマイチ。
隣の部屋に亜門さんがいるって思うと、どうしても落ち着かないし、色々と考えちゃうんだよね…。
「住み込み、やっぱり止めますって言おう…」
家政婦を今すぐに辞めるのは、亜門さんに迷惑をかけてしまうから…せめて亜門さんを感じない場所と、離れる時間が欲しい。
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