19話

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「よし、時間ピッタリ。」 お弁当を持ってアトリエに来るのも、もう何度目かな。 正直言うと、亜門さんの自宅よりアトリエの方が居心地がいいんだよね。 普通の民家だからかな。 「…あれ?亜門さん以外の靴がある…」 玄関に綺麗に揃えてある、見慣れないヒールの靴。 どこからどう見ても、女性の物。 「…でしょ。」 開けっ放しのドアから漏れ聞こえてきたのは、当然というかやっぱりというか、落ち着いた感じの女性の声だった。 見ない方がいい、盗み見るような事しちゃ駄目だって、頭では分かってるのに…どうしても気になって。 そっと中を覗くと、部屋の奥にあるテーブル越しに、向かい合わせに座る亜門さんと髪の長い女性の後ろ姿が見えた。 会話の内容までは聞こえてこない。 でも、楽しそうに話しているのだけは分かった。 少なくとも、亜門さんは笑顔だったから。 あの人は亜門さんにとって、あんなに楽しそうに話せる相手なんだな…。 この人と会うから、今日は練習に付き合わなくていいって言ってたんだ。 私が居たら2人きりになれないし、家政婦だとしても邪魔だよね。 そっかそっか、そういうことか…。 …帰ろう。 このままここに居ても、辛くなるだけだ。 本当なら、平然としていなきゃいけないのに。 家政婦として、見て見ぬふりをするのが正解なのに。 それでも、やっぱりそう簡単には割り切れない。 アトリエを出てからずっと、頭の中にさっきの光景が焼き付いてる。 あの人が亜門さんの恋人だったとしたら…今のままじゃきっと、平気なフリなんて出来っこない。 「…酷い顔。」 マンションへ帰り、手洗いをしようと入った洗面所。 その鏡に、あまり顔色の良くない自分の顔が映っている。 この1週間、あんまり眠れてないからか、肌の調子もイマイチ。 隣の部屋に亜門さんがいるって思うと、どうしても落ち着かないし、色々と考えちゃうんだよね…。 「住み込み、やっぱり止めますって言おう…」 家政婦を今すぐに辞めるのは、亜門さんに迷惑をかけてしまうから…せめて亜門さんを感じない場所と、離れる時間が欲しい。
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