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「……ん…。」
あれ……?
「私…どうしたんだっけ…」
まだはっきりしない頭で記憶を辿りながら、見慣れない天井を見つめていると、お腹の辺りでもぞもぞと動く気配がした。
「ん…?何…?」
何かお腹の上に乗ってるような…?
「う…ん。ふぁ〜……あ、起きてる。大丈夫か?医者は何ともないって言ってたけど。」
「亜門さん…?」
ああ、なんだ…乗ってたの、亜門さんだったんだ。
…ん?
待って、亜門さんが何で…
まさか…!
勢いよく起き上がると、そこは、ある意味見慣れている亜門さんの部屋。
つまり、私が寝ているのは…
「す、すみませんっ、すぐに退きます!というか、出て行きま…すっ?!」
急に肩を押されて再びベッドに仰向けになった私を、馬乗りで見下ろす亜門さん。
「あ、の…?」
この状況は…何…?
「出て行くとか、本気で言ってる?そんな事、俺が許すと思ってるのか?」
「え…?だって私、亜門さんの事好きって言いました、よね…?」
もしかして、あれ夢だった…?
「だから!それで何で出て行くことになるんだよ。」
「何でって…この気持ちは、亜門さんにとって迷惑でしかないじゃないですか。」
「はぁ…本当バカだな…」
心底呆れたように言いながら、頭を撫でてくれる手は優しくて。
亜門さんが何を考えているのか、よく分からない。
「なぁ。」
「はい。」
「ちょっと抱きしめさせて。」
「…はい?」
理解が追い付く前に、体に感じる重みと温もり。
首の辺りに顔があるせいで、髪の毛が少し擽ったい。
「あの…!離しっ…」
「お互い好きならいいだろ。」
「は…?」
耳元でハッキリと聞こえた言葉に、引きはがそうとしていた手が止まった。
お互い好き…?
「好きな女じゃなきゃ、あんな物の為に追いかけたりしない。なのに、人の気も知らないで目の前で酔っぱらって寝るとか、俺の忍耐力でも試してんのかよ。無防備過ぎだろ…どれだけ我慢したと思ってんだ。」
「亜門、さ…」
あの日の事を言っているのは分かる。
分けるけど、言われている内容が予想外過ぎて、頭に入ってこない。
「住み込みにしたのも、あの男から守りたいからに決まってるだろ…」
え…もしかして住み込みって、私の為だったの?
「何で全然伝わってないんだよ…鈍感過ぎだろ。しかも、辞めて出て行くとか言うし、理由は俺が好きだからとか、本当何なんだよ…」
「それは…だって、タイプじゃないってハッキリ言われてたから…」
「あの時は、色々あって勘違いしたって知ってるだろうが。何でその時の言葉を、今でも本気にしてるんだよ。」
「するに決まってるじゃないですか…言ってくれなきゃ分からないですよ、そんなの!」
さっきから、嬉しさと同時に、ちょっと腹立たしさも感じていて。
だって、気付けって方が無茶でしょ。
分かんないよ、普通。
「言葉だけを信じるなって、前にも言っただろうが。」
「私だって言ったじゃないですか。言って欲しい言葉もあるって。」
「…もういい。だったら分からせてやる。」
「へ…?」
なんか、亜門さんの雰囲気が変わったような…?
「んっ…ちょ、亜門さんっ。どこ触って…あっ…そんな所吸わないで下さい、痕付いちゃいます…!」
首元に感じる僅かな痛みで、痕が残っているのが見なくても分かる。
「別に俺以外会わないんだし、いいだろ。」
「買い物の時に困ります!」
「見せとけば。いいから、もう黙ってろ…」
唇を這わせながら、首元からどんどん上がってくる。
本当にこのまま…?と思った時、アトリエで見た光景が頭を過ぎった。
そうだ、あの女の人…
「ん…?この手何?邪魔なんだけど。」
咄嗟に口元をガードした手を捉えられ、今度は顔ごと亜門さんから逸らした。
亜門さんの言ってくれた言葉を疑いたくはない。
でも、モテるのは間違いないし、後で泣くはめになるのだけは嫌だ。
「何で顔背けるんだよ。」
「今日…アトリエで一緒にいた女性…誰ですか?」
「は?……ああ。そういえば来たの昼頃だったか。何勘違いしてるのか知らないけど、あれは姉ちゃんだから。」
「お姉さん…?」
お姉さん、いたんだ。
そういえば、そういうの聞いたこと無かった。
「旦那と喧嘩した時とか、たまに来る。」
「そうなんですか…?私てっきり…」
「何。他にも女がいるとか疑ったわけ?」
「だって…じゃあ何で、今日はこんなに帰りが遅かったんですか?」
「それは…まあ、今でもいいか。ちょっと待ってろ。」
一度ベッドを降りた亜門さんは、布に包まれた物を持って戻って来た。
「それ、開けてみろ。」
「……これって…」
中から出てきたのは、一枚の絵。
「もしかして、私…?」
「もしかしなくてもそうだろ。」
すごい…私がモデルとはとても思えない。
実物よりも綺麗に描いてもらってるのもあるけど、絵全体が柔らかいというか、優しい雰囲気。
これが亜門さんの絵なんだ。
…まさか、これを仕上げるために?
「最近様子が変だったし、少しは元気になるかと思ったんだよ…」
照れくさそうに目も合わさずに言う姿は、女性と沢山遊んでいた人にはとても見えない。
だからこそ、亜門さんの本音なんだと思えて、胸が温かい物でいっぱいになった。
「…ありがとうございます。一生大切にしますね。」
「ん…。」
嬉しいな…。
プレゼントって、何貰っても嬉しいものだけど、これは中々貰えないプレゼントだよね。
「…もういいだろ。それは一旦没収。」
「あっ…」
亜門さんに取り上げられた絵がサイドテーブルに置かれるのを、残念な気持ちで見届ける。
もっと見ていたかったな…。
「どんだけ俺にお預けを食わせるつもりだよ?」
「そんなつもりは…」
「だったら、俺に集中しろ…」
一気にグイッと近づいて来た彼に、今度こそ唇を奪われる。
握られた両手に、無意識に力が籠った。
「んっ…」
触れてきた唇は思いのほか優しくて、触れ合う温度も柔らかさも気持ちいい。
「…んぅっ…?!ん~…!」
どんどん濃厚になっていくキスと、直接肌に感じ始めた自分とは違う体温。
「はぁ…肌、柔らかくて気持ちいいな…。こんな風に触りたいとずっと思ってた…」
服の中に潜り込んだ手が、思うがままに肌の上を這いまわっているのが、くすぐったくて恥ずかしくて…
なのに、こんな時だけ素直に言葉にされたら、やめて欲しいとも言えない。
「ずるい…っ」
「…何が?」
「こんな時だけ素直に言うなんて…んあっ!」
「言葉にしろって言ったのはそっちだけど?…なぁ、どうして欲しいか言えよ。言葉にしないと分かんないんだろ?」
本当ずるい。
私の言葉を逆手に取るなんて、意地悪だ。
でも、そういう所も亜門さんらしい。
「じゃあ…私の事を思う気持ちの分だけ、愛してください…」
驚いたように目を丸くした後、亜門さんの表情が何故か悔しそうに歪む。
「ずるいのはどっちだよ…。後悔しても知らないからな。手加減なんてしないし、今ので余裕もなくなったから。」
「え。」
「俺がどれだけ好きか、嫌って程教えてやるから…覚悟して全部受け取れよ。」
「はい…」
触れてくる手も唇も、どこまでも優しい。
だけど、絶対に逃がしてはくれない。
…例え、私の体力が限界でも。
「こら、逃げるな。」
「だって…もうムリっ…!やぁっ…!」
「まだ全部伝えきれてない。」
「あっ…!もう、本当…」
「最後までちゃんと受け止めろ…翠。」
「なっ…んで、今…!ああっ!」
この状況で名前を呼ぶなんてずるい。
そんな風に大切そうに呼ばれたら、無理だなんて言えないじゃない。
結局、外が薄っすらと明るくなるまで亜門さんの思いを受け止め続け、私は意識を失うように眠りについた。
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