20話

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「……ん…。」 あれ……? 「私…どうしたんだっけ…」 まだはっきりしない頭で記憶を辿りながら、見慣れない天井を見つめていると、お腹の辺りでもぞもぞと動く気配がした。 「ん…?何…?」 何かお腹の上に乗ってるような…? 「う…ん。ふぁ〜……あ、起きてる。大丈夫か?医者は何ともないって言ってたけど。」 「亜門さん…?」 ああ、なんだ…乗ってたの、亜門さんだったんだ。 …ん? 待って、亜門さんが何で… まさか…! 勢いよく起き上がると、そこは、ある意味見慣れている亜門さんの部屋。 つまり、私が寝ているのは… 「す、すみませんっ、すぐに退きます!というか、出て行きま…すっ?!」 急に肩を押されて再びベッドに仰向けになった私を、馬乗りで見下ろす亜門さん。 「あ、の…?」 この状況は…何…? 「出て行くとか、本気で言ってる?そんな事、俺が許すと思ってるのか?」 「え…?だって私、亜門さんの事好きって言いました、よね…?」 もしかして、あれ夢だった…? 「だから!それで何で出て行くことになるんだよ。」 「何でって…この気持ちは、亜門さんにとって迷惑でしかないじゃないですか。」 「はぁ…本当バカだな…」 心底呆れたように言いながら、頭を撫でてくれる手は優しくて。 亜門さんが何を考えているのか、よく分からない。 「なぁ。」 「はい。」 「ちょっと抱きしめさせて。」 「…はい?」 理解が追い付く前に、体に感じる重みと温もり。 首の辺りに顔があるせいで、髪の毛が少し擽ったい。 「あの…!離しっ…」 「お互い好きならいいだろ。」 「は…?」 耳元でハッキリと聞こえた言葉に、引きはがそうとしていた手が止まった。 お互い好き…? 「好きな女じゃなきゃ、あんな物の為に追いかけたりしない。なのに、人の気も知らないで目の前で酔っぱらって寝るとか、俺の忍耐力でも試してんのかよ。無防備過ぎだろ…どれだけ我慢したと思ってんだ。」 「亜門、さ…」 あの日の事を言っているのは分かる。 分けるけど、言われている内容が予想外過ぎて、頭に入ってこない。 「住み込みにしたのも、あの男から守りたいからに決まってるだろ…」 え…もしかして住み込みって、私の為だったの? 「何で全然伝わってないんだよ…鈍感過ぎだろ。しかも、辞めて出て行くとか言うし、理由は俺が好きだからとか、本当何なんだよ…」 「それは…だって、タイプじゃないってハッキリ言われてたから…」 「あの時は、色々あって勘違いしたって知ってるだろうが。何でその時の言葉を、今でも本気にしてるんだよ。」 「するに決まってるじゃないですか…言ってくれなきゃ分からないですよ、そんなの!」 さっきから、嬉しさと同時に、ちょっと腹立たしさも感じていて。 だって、気付けって方が無茶でしょ。 分かんないよ、普通。 「言葉だけを信じるなって、前にも言っただろうが。」 「私だって言ったじゃないですか。言って欲しい言葉もあるって。」 「…もういい。だったら分からせてやる。」 「へ…?」 なんか、亜門さんの雰囲気が変わったような…? 「んっ…ちょ、亜門さんっ。どこ触って…あっ…そんな所吸わないで下さい、痕付いちゃいます…!」 首元に感じる僅かな痛みで、痕が残っているのが見なくても分かる。 「別に俺以外会わないんだし、いいだろ。」 「買い物の時に困ります!」 「見せとけば。いいから、もう黙ってろ…」 唇を這わせながら、首元からどんどん上がってくる。 本当にこのまま…?と思った時、アトリエで見た光景が頭を過ぎった。 そうだ、あの女の人… 「ん…?この手何?邪魔なんだけど。」 咄嗟に口元をガードした手を捉えられ、今度は顔ごと亜門さんから逸らした。 亜門さんの言ってくれた言葉を疑いたくはない。 でも、モテるのは間違いないし、後で泣くはめになるのだけは嫌だ。 「何で顔背けるんだよ。」 「今日…アトリエで一緒にいた女性…誰ですか?」 「は?……ああ。そういえば来たの昼頃だったか。何勘違いしてるのか知らないけど、あれは姉ちゃんだから。」 「お姉さん…?」 お姉さん、いたんだ。 そういえば、そういうの聞いたこと無かった。 「旦那と喧嘩した時とか、たまに来る。」 「そうなんですか…?私てっきり…」 「何。他にも女がいるとか疑ったわけ?」 「だって…じゃあ何で、今日はこんなに帰りが遅かったんですか?」 「それは…まあ、今でもいいか。ちょっと待ってろ。」 一度ベッドを降りた亜門さんは、布に包まれた物を持って戻って来た。 「それ、開けてみろ。」 「……これって…」 中から出てきたのは、一枚の絵。 「もしかして、私…?」 「もしかしなくてもそうだろ。」 すごい…私がモデルとはとても思えない。 実物よりも綺麗に描いてもらってるのもあるけど、絵全体が柔らかいというか、優しい雰囲気。 これが亜門さんの絵なんだ。 …まさか、これを仕上げるために? 「最近様子が変だったし、少しは元気になるかと思ったんだよ…」 照れくさそうに目も合わさずに言う姿は、女性と沢山遊んでいた人にはとても見えない。 だからこそ、亜門さんの本音なんだと思えて、胸が温かい物でいっぱいになった。 「…ありがとうございます。一生大切にしますね。」 「ん…。」 嬉しいな…。 プレゼントって、何貰っても嬉しいものだけど、これは中々貰えないプレゼントだよね。 「…もういいだろ。それは一旦没収。」 「あっ…」 亜門さんに取り上げられた絵がサイドテーブルに置かれるのを、残念な気持ちで見届ける。 もっと見ていたかったな…。 「どんだけ俺にお預けを食わせるつもりだよ?」 「そんなつもりは…」 「だったら、俺に集中しろ…」 一気にグイッと近づいて来た彼に、今度こそ唇を奪われる。 握られた両手に、無意識に力が籠った。 「んっ…」 触れてきた唇は思いのほか優しくて、触れ合う温度も柔らかさも気持ちいい。 「…んぅっ…?!ん~…!」 どんどん濃厚になっていくキスと、直接肌に感じ始めた自分とは違う体温。 「はぁ…肌、柔らかくて気持ちいいな…。こんな風に触りたいとずっと思ってた…」 服の中に潜り込んだ手が、思うがままに肌の上を這いまわっているのが、くすぐったくて恥ずかしくて… なのに、こんな時だけ素直に言葉にされたら、やめて欲しいとも言えない。 「ずるい…っ」 「…何が?」 「こんな時だけ素直に言うなんて…んあっ!」 「言葉にしろって言ったのはそっちだけど?…なぁ、どうして欲しいか言えよ。言葉にしないと分かんないんだろ?」 本当ずるい。 私の言葉を逆手に取るなんて、意地悪だ。 でも、そういう所も亜門さんらしい。 「じゃあ…私の事を思う気持ちの分だけ、愛してください…」 驚いたように目を丸くした後、亜門さんの表情が何故か悔しそうに歪む。 「ずるいのはどっちだよ…。後悔しても知らないからな。手加減なんてしないし、今ので余裕もなくなったから。」 「え。」 「俺がどれだけ好きか、嫌って程教えてやるから…覚悟して全部受け取れよ。」 「はい…」 触れてくる手も唇も、どこまでも優しい。 だけど、絶対に逃がしてはくれない。 …例え、私の体力が限界でも。 「こら、逃げるな。」 「だって…もうムリっ…!やぁっ…!」 「まだ全部伝えきれてない。」 「あっ…!もう、本当…」 「最後までちゃんと受け止めろ…翠。」 「なっ…んで、今…!ああっ!」 この状況で名前を呼ぶなんてずるい。 そんな風に大切そうに呼ばれたら、無理だなんて言えないじゃない。 結局、外が薄っすらと明るくなるまで亜門さんの思いを受け止め続け、私は意識を失うように眠りについた。
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