2 最悪の契約

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「うーん……」  上半身は裸のまま下にジャージのズボンを履いて、駿介は勉強机の前に座って唸っている。  目の前にはぎっちりと英文が並んでいるプリントが置かれていた。眞樹はごろんと寝返りを打って左側を下にした。中は摩擦でひりひりしていて、入り口にされた場所はぴりっと痛む。だけどそれにも慣れてきた。 「なにやってんの。宿題?」 「ええと、まあそうです」  苛立たしそうにぱたたっと指先で机を叩いて、手元に黒い電子辞書を引き寄せる。 「おい、そんなの使ってたら単語覚えられねえだろ」  素っ裸のまま立ち上がって、ぎょっとしている駿介の、宿題プリントを覗き込む。 「おまえ兄貴に紙の辞書使えって言われなかったか。出せ」  几帳面に整理されている棚から、カバーをかけてしまっていた英和辞典を引っ張り出す。  眞樹はそれを取り上げると、彼がわからなかったらしい単語をぱたっと開いた。 「早いですね」 「コツがあるんだよ。やりかた兄貴から教わったんじゃねえのか。アタリをつけてアタマからこのアルファベットが右か左かって開いていったら」 「もちろんできますよ。でもなんか、ちょっと、妬けますね。あなた本当に先生の弟なんだ」  彼が教わってきたことは、たぶん自分も全部教わっている。四つ差の弟なんて構い倒したいばかりなのだろう。  親よりも勉強には口を挟んできて、もういいと言っているのにいろいろやってくれた。調べた単語の目当ての訳に四色ボールペンで順に色を付ける方法も同じだろう。こうすると視覚で覚えやすいんだよね、と春希が言っていたのだった。 「羨ましいならまた家庭教師やってもらったらいいんじゃね。俺よりも上手いんだし」 「それもいいですね。でもそうしたらあなたをここに連れ込みにくくなるな」  眞樹はボールペンを投げた。どうもしようがないことを。 「じゃあこの方法で勉強続けろよ。なんで電子辞書使ってんだ」 「……いいじゃないですか。それより服着てください」  気になるのか視線を逸らせて、下半身を指してくる。さすがに少し肌寒い。 「あー、シャワー借りてくる」 「もう動けるんですか。体力ありますね」 「元サッカー部を舐めんな」  駿介の家は父は単身赴任、母は看護師で、親のいない時間が多い。ほとんど最初から勝手にいろいろ使わせてもらっていた。  甘ったるいローションと精液の匂いをつけたままで家に帰るわけにもいかないから、シャワーだけは必ず浴びる。  タオルを巻いて駿介の部屋に戻ってくると、脱いだ服を着直す。夜の七時半、そろそろ帰らないと心配する人がいる。 「もうサッカーしないんですか? 前はやってたんでしょう」  カバンを肩にかけると、プリントから目を離さず駿介が尋ねた。眞樹は軽く舌打ちした。余計なことを言ったせいで余計なことを言わないといけない。 「うちのサッカー部県大会で優勝するようなところだろ。理学療法士になるんだよ。練習してる暇があるか」  じゃあな、と言い置いてマンションを出る。
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