3 帰ったらいる男

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 最近ずっとこの調子だった。春希が家に寄りつかない。  謙二郎は中学生のころから、父と再婚した母の家ではなく学校の寮にいて、大学に入っても一人暮らしだった。その彼をよく家に呼んでいたのが眞樹の両親だ。  だけど去年からふたりが外国で働くことになり、謙二郎は自分たちの家でたまに食事を作ってくれるようになった。  彼が来る日は連絡があるから、眞樹もできるだけ早く帰るようにしているのに、春希はまるで予定を合わせる気がないようだった。  眞樹が中間テスト勉強期間に入ったこともあり、謙二郎が毎日来てくれるようになったのに、それでもほとんど食事をともにすることがない。  女に夢中になっているのだろうか。それとも拘束のひどいタイプなのだろうか。今までの相手も、最初は気安い関係で始まるのに、途中から女の方が入れ込んでくることが多い。  春希は女の独占欲を掻き立てられるらしく、別れるとき揉めやすかった。  中鉢と皿を眞樹が出すと、謙二郎は火を消して魚焼きグリルを開けた。アジの開きがじゅわじゅわと焙られている。 「なんか、ごめんな」  眞樹は兄の不義理を謝った。  彼が春希に喜んでもらいたくて料理をしているのは何となくわかる。兄はああ見えて和食が好きだし、特に魚が好きなのだ。 「いや、おまえが謝ることはないだろう」  困ったように笑い、皿を渡すと受け取って魚を乗せた。  その間に眞樹はふたりぶんの肉じゃがをよそう。一度テーブルに置いてから茶碗を取りに行って炊飯器を開けた。 「せっかく作ってくれたのにさー。あ、でもラップして置いておいたら朝飯とかで食べてるし許してやってよ」 「許すもなにもない。俺が勝手にやってることだから」  そうは言ってもなかなか渋い顔が元に戻らない。  眞樹はちくっと胸が痛むのを感じた。全体的に骨太な謙二郎は普段は堂々として姿勢もいいのに、今はわずかに肩が落ちていた。自分では駄目なのだと痛感する。 「とりあえず食うか」 「うん」  春希に避けられているのではないか、と謙二郎は言わない。口に出して冗談でも誰かに肯定されでもしたら全てが終わってしまうと、彼は恐れているのかもしれない。  バスケ選手として有望だった春希が、謙二郎を突き飛ばして代わりに車にはねられたのは五年前だ。  それから春希は将来の夢を強制的に変更させられた。今でも彼はわずかに足を引きずって歩いている。  春希はそのことについて謙二郎を責めたことはないし、家族の誰もが何も言わなかった。  だけど謙二郎は今でもその事故に囚われている。  彼もバスケをやめてスポーツ全般から遠ざかってしまったのだ。パワフルで、速くて、正確で、味方は彼の背中を見て安堵し、敵は前に立つだけで委縮した。そんな選手だった。  春希よりもプロを有望視されていたのに、彼はそれを一切合切捨ててしまったのだ。眞樹だけでなく春希が止めても無駄だった。  謙二郎は春希のことが大切だ。  春希も謙二郎のことが大切だ。おそらくずっと前からそうで、これからもそうだろう。  自分は彼のナンバーワンには決してなれない。 「うまっ」  眞樹が肉じゃがを呑み込んで白ご飯をかっ込むと、謙二郎の目元がわずかに和らいだ。  自分が彼のことを好きだと言っても、彼は困るだけだ。  決して応えてくれることはない。あまりに自明の理で、だからこそ知られたくなかったし、できることなら恋心を殺してしまいたかった。  あの馬鹿の口車に乗ったのは、口封じのためだけではない。  本当に彼の言うように、謙二郎ではない相手を好きになれるなら誰でも良かった。ただそれだけなのだ。
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