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第7話 ──涙
──先程よりも更に薄暗さが増した気がする、物音ひとつ無い路地裏。
有利栖の調子が元に戻ったことで、修也は再び口を開いた。
「……それで、これが白綺 兎月とどう関わるか、だが。
──有利栖。君は、彼女の入院理由を聞いたことはあるか?」
「え、えっと……確か、先天的な難病、とか?
詳しい病名とか、全然教えてくれなかったけど……」
「そうか……そうだよな。
──有利栖、それは事実じゃない。彼女の入院の本当の理由……それは、“血翼”だ」
修也のその言葉に、有利栖は言葉を失った。
驚愕に打ちのめされる有利栖をバイザー越しに見つめ、修也は僅かに唇を噛む──どうやら、次の言葉を言いあぐねているようだ。
それに気付いた有利栖は、両手で自分の頬を叩いた──私には知る義務がある、と自分を鼓舞する。
「修也。私は大丈夫だから」
「む、しかし……いや、分かった。続きを話そう。
白綺 兎月は、さっきもいったが君が持つ白い蝶……その精霊の元持ち主だ。
当然、“血翼”にも狙われていた……そう、正に今の君のようにね」
修也の言葉に、有利栖は無言で頷く──そして、視線で続きを促した。
「分かった」と言いつつも未だに言葉を選んでいる様子の修也に、もう1度「自分は大丈夫」と目で訴え掛ける。
その視線を真正面で受けた修也は、1度深く頷くと意を決したように息を吐き口を開いた。
「これは、およそ10年前の話……俺もまだ精霊の存在を知らない時のことだ。
“血翼”は彼女の精霊を手に入れる為……精霊奏者であった彼女の両親を排除──皆殺しにして、彼女を捕らえようとした」
──修也のその言葉に、有利栖は脳天を槌で殴られたような衝撃を受けた。余りのショックに声にならない声を零しながら、思わずよろめいてしまう。
──だが、既のところでなんとか踏み止まった。
修也はバイザーの奥から有利栖を心配そうな目で見つめるが、有利栖の「……大丈夫だから」という言葉に頷き、もう1度息を吐くと再び口を開いた。
「そして……両親を目の前で殺された彼女は暴走した。
精霊の力を行使し、その場にいた“血翼”の構成員を一瞬で壊滅状態にまで追い込んだそうだ。
しかし……“血翼”の1人が死に際に放った精霊による攻撃……それにより、彼女も致命傷を負った。それから紆余曲折あって、あの病院で“機関”の監視の元保護されることになったそうだ」
先程とは全く違う胸の高鳴りが、有利栖の鼓膜を震わせる──もう聞きたくないのに、続きを聞きたい。そんな感情が、有利栖の胸中を支配する。
「彼女の直接的な死因は──その時に負った傷だ。
強すぎる精霊の力は、人間にとっては毒に等しい。元々身体の弱かった彼女には、ソレを克服する術が無かった……10年掛け、ゆっくりとソレに身体を蝕まれ……彼女は死んでいった」
──限界だった。
修也の言葉が切れると同時に、有利栖は修也に泣き付いていた。その胸板に顔を埋め、大粒の涙を流す。そして──嗚咽混じりの言葉を絞り出した。
「……ねぇ、どうしてっ!?
なんで、なんで……精霊を持ってるってだけで……あの子が……兎月が! そんな酷い目に、合わなくちゃいけないの……っ!」
泣きじゃくる有利栖を、修也は左手で優しく抱き寄せる。そして拳銃を握る右手に力を込め、口を開いた。
「それが……“血翼”のやり方だ。欲しいモノはどんな手段を持ってしても手に入れる……。
“機関”は、白綺 兎月を救うことができなかった……だからこそ、再び同じ失敗を繰り返さないために、俺がここにいる。
──君を、守るために」
力強い修也の言葉に、有利栖は嗚咽を漏らしながら何度も頷いた。修也は有栖川の背中を優しく撫でながら、言葉を続ける。
「──有利栖。
精霊なんて存在しない、元の平和な生活に戻りたい……もし君がそう望むなら、その精霊を俺の手で終わらせる……兎月の元へ、送ってやる。
──どうする?」
未だ泣き止む素振りを見せない有利栖を心配しているのか、純白のモンシロチョウはゆらゆらと有利栖の周囲を不規則に飛び交う。
修也の言葉に、有利栖は答えなかった。
ただ、修也の胸の中で涙を流し続けた──。
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