第12話 ──DEMON

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第12話 ──DEMON

 慟哭と共に立ち上がり、勢い良く両腕を広げる“帽子屋”──肩と膝の弾痕から噴水の如く血が吹き出るが、まるで気にする様子はない。  その瞬間──地面に落ちていた漆黒のシルクハットがひとりでに浮かび上がり、内側から膨れ上がるように巨大化した。クラウンの部分に真っ赤なひとつ目が浮き上がり、裏側のスベリの部分からはおびただしい数の血濡れた牙が覗く。  変形したシルクハットを前に、修也は弾かれたようにバックステップで後方──有利栖の隣へと退避した。  有利栖は豹変したシルクハットを見上げ「な、何、アレ……?」と震えながら後退る。  “帽子屋”は甲高い高笑いを上げ、シルクハット──自身の精霊へ向け、叫ぶ。 「さぁ!! “狂帽子(マッドハッター)”よッ!! 私を喰らえェッ!!  そしてェ……ッ! “真の姿”にィィィィイッ!!」  “帽子屋”のその叫びに修也は目を見開き、有利栖は「な、なに言ってるのあの人!?」と困惑した表情を修也に向ける。  そんな2人を余所に、シルクハット── “狂帽子(マッドハッター)”は血の滲んだ(ヨダレ)を垂らしながらスベリの牙を剥き、覆い被さるように“帽子屋”を喰らった──ぐちゃり、と。内側から肉がひしゃげる音が聞こえる。  その音に、有利栖は声にならない悲鳴を上げ、両耳を抑えしゃがみ込んだ。  修也は有利栖の視界を覆うように、“狂帽子”の前に立ちはだかる。  “帽子屋”を喰い終えた“狂帽子”は、地鳴りのような咆哮(ほうこう)を上げ、骨を砕くような音と共に内側から形を変えていく──シルクハットのような外皮を全て破り捨て、細い体躯が露になる。  触手のようにしなる尾は太く長く、四方八方に動き回る首は細く。  喰らい付く強靭な牙を持つ魚のような顔には、細長い触角が頭部と口元に2本ずつ、計4本伸びる。  骨と皮しか無い、と思ってしまう程に細い腕と脚には、掻き毟る鋭い爪が伸びる。  爛々(らんらん)と赤く輝く(まなこ)は燃える業火のようで、背中には巨大な蝙蝠の羽根が広がる。  ──周囲の建物を破壊しながら変態を終えた、先程まで“狂帽子”だった怪物は、大地を揺るがす唸りのような咆哮を上げた。  それを黙って見上げていた修也は、舌打ちを1つ憎々しげに口を開く。 「宿主と精霊が一体化しやがった……くそったれ。  “魔獣化(デーモンアウト)”か」   ── “魔獣化(デーモンアウト)”。  暴走した精霊が、宿主の命を喰らうことでその身を1つとし、意思と実体を持った怪物へと変貌する現象のことをそう呼ぶ。  ──ただ、世界規模で見て精霊奏者(エレメンター)の絶対数が少ないことと、精霊は基本的に人間と友好的であることから、魔獣化の事例は殆ど存在してない。  修也が知る限りでは過去に2度しか事例がなく、しかもそのどちらともが下位の精霊奏者(エレメンター)であったため、大事には至らなかった。  ──だが。今回は高位の精霊奏者(エレメンター)による魔獣化。しかも自らの意思でだ。  当然、一切の事例がない。この場で収めれなかった場合の被害は計り知れないものとなる。  憎々しげに怪物を見つめる修也。有利栖は完全にへたりこんでしまっており、修也のコートの裾を震える手で握り締めている。  ──無理もないか、と修也は心中で呟く。  つい数時間前までは精霊の「せ」の字も知らない、普通の女子高生だったのだ。今の今まで気丈に振る舞えていたことの方が奇跡である。  ──全身を変態させ負えたその怪物は、長い首をぐいともたげ、その醜悪な顎を動かした。  
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