第14話 ──黒い蝶

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第14話 ──黒い蝶

  『な……な……! そ、それは……ッ!?』  “帽子屋”はわなわなと震えながらそう情けない声を上げ、長い爪の指を修也の拳銃に向ける。  その拳銃の先端にゆらりと舞い降りたのは──漆黒の鳳蝶(アゲハチョウ)。  白い帯模様も赤い斑点も無い闇一色の羽根をゆったりと伸ばし、呑気に前肢で照星(フロントサイト)を弄ぶ。 「しゅ、修也……それって……」  有利栖は目を丸くし、漆黒の鳳蝶を見つめる──脳裏に蘇ったのは、先程修也が口にしていた「最高位の精霊はこの世界に“2体”存在する」という言葉。  有利栖の声に修也は無言で頷くと、銃口のねらいを“帽子屋”の胴体に定めながら口を開いた。 「さぁて……久々の実戦だ。  行くぞ── “黒鳳(コクオウ)”」  修也のその声に応えるように、漆黒の鳳蝶── “黒鳳”は静かにその身を自動拳銃に沈める。  ──刹那、金属の塊であるはずの拳銃が、まるで生物であるかのように形を変え始めた。  銀一色だったそれは漆黒に染まり、照星(フロントサイト)部分からは一対の長い触角が伸びる。更に、その下部には真っ黒な複眼が浮かび上がる。  そして、銃口はメキメキと音を立て怪物の(あぎと)のような形へと変形した。  修也は異形となった漆黒の拳銃を構え、ゆっくりと引き金に掛けた指に力を込める──薬室内で銃弾が甲高い音を鳴らしながら高速回転を始め、顎となった銃口からは摩擦熱により発生した黒い炎が漏れ出した。  ──圧倒的な力の奔流。  怪物となり力を手に入れたはずの“帽子屋”は、ちっぽけな存在だったはずの眼前の拳銃から迸る、圧倒的なパワーに思わず恐怖の叫び声を上げた。 『い……いや……! 待っ、待って……ッ!  いや、いやだ……いやだァァァァッ!!?』  ついに力の圧力(プレッシャー)に耐えられなくなった“帽子屋”は、そう叫びながら蝙蝠のような羽根を(ひるがえ)し、逃げるために飛び立とうとする──が。 「──(おせ)ぇよ」  その無慈悲な一言と共に引き金が引かれ、擊鉄(ハンマー)が落とされる。  ──漆黒の炎を纏った砲弾が、凄まじい爆発音と共に銃口から撃ち放たれた。  耳をつんざくような衝撃音を立てて遊低(スライド)が後退し、排莢口(エジェクションポート)からは薬莢と共に漆黒の鱗粉が大量に吐き出される。  漆黒の砲弾は一瞬にして音速を越え──逃がす間など与えず“帽子屋”の胴体全てを一撃で灰塵に変えた。  そして──断末魔の声も無く“帽子屋”は息絶えた。  残された四肢や頭部は、地面に落ちるや否や塵となって消えていく。  白き蝶の力が“浄化” ──全てを清め無に帰す絶対の盾であるならば、黒き蝶の力は“消滅” ──それは、全てを焼き尽くし灰塵と化す最強の剣である。  ── “帽子屋”が息絶えたことで、街全体を覆っていた“領域”が消え去る。  それと同時に、戦闘で傷付いた地面や建物も、まるで何事もなかったかのように元通りになった。  その光景をじっと見つめていた修也は、全てが元通りになるとフゥと大きく息を吐いた。 「……任務、完了っと」  肩の力を抜きながらそう呟き、バイザーを外す。  ──不意に、拳銃から“黒鳳”が飛び出してきた。照星(フロントサイト)の上で大きく羽根を伸ばすと、直ぐにふわりと飛び上がって行ってしまう。 「相変わらずマイペースだな、お前は……ま、いいか。  ──助かった。ありがとう、“黒鳳”」  月明かりに照らされた夜空をふわふわと舞う漆黒の鳳蝶に左手をかざし、修也はそう語り掛ける。  ──挨拶代わりか、夜空から一欠片の真っ黒な鱗粉が修也の手のひらの上に落ちて来た。  
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