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第1話 ──有利栖
「……す。 ……りす! あーりーす!」
──誰かに呼ばれてる……起きなきゃ……。
少女は身体を預けていた机から身体を起こし、まだ眠さを訴えてくる目を擦る──さらり、と肩辺りまで伸ばした、親からの遺伝である明るい茶髪が揺れた。
眠たさで霞む目のまま正面を向くと、腰まで伸ばした艶やかな黒い髪と濃紺の瞳が特徴の見知った顔が、呆れた表情を作っていた。
──とりあえず、起きた時は「おはよう」の挨拶からかな。と、少女は口を開く。
「……真姫ぃ。おはよーう」
「おはよ……じゃ、ないわよ!
もう4時限目が終わったわよ。まったく……あんたは授業中どれだけ寝れば気が済むのよ……有利栖」
「だってー……眠いものは眠いんだもん」
目の前の見知った顔──親友の真姫にそう言われ、少女──有利栖はそう返すと不満を訴えるべく頬を膨らませてみせる。
──最も、こんなことをしても小学生来の幼馴染みである真姫には全く効果はなく「あーはいはい可愛いわね」と、呆れ口調で軽くあしらわれるだけだが。
真姫は「ま、起きたなら早くご飯食べましょ」と言いながら鞄から弁当箱を取り出し、椅子をこちらに向けて座る。
有利栖は「うんっ」と頷くと、凝った身体をほぐすために1度椅子から立ち上がり軽く伸びをしてから、お昼用に買っておいたコンビニのサンドイッチをカバンから取り出した。
窓際の最後尾という最高の席で暖かな春風を満喫しながら、有利栖はサンドイッチをぱくつく──ふと、外に視線を向けると、雪のように白いモンシロチョウが窓際に停まり、呑気に羽根を伸ばし風を受けていた。
──不意に、箸を動かす手を止めた真姫が、なにやら真剣な表情で口を開く。
「……ねぇ、有利栖」
「んー? ふぁふぃ?」
「喋るんなら口の中のものを飲み込んでからにしなさい……そんなことより。あんた、最近おかしくない?」
「むむ、おかしい? ……私が?」
──ずいぶんとごアイサツね。と有利栖は心中で眉を寄せるが、口には出さない。真姫が普段からこのような物言いだということは昔から知っている。
深い蒼色の瞳をぱちくりとさせ首を傾げる有利栖に、真姫は「そうよ」と神妙な表情で頷く。
「だってあんた、1年の頃は授業中に寝ることなんてほとんどなかったじゃない。それが、今年になって急に増えて……しかも、今日なんか4時間ずっとよ?
おかしいと思わない方がおかしいわよっ!」
「は、はぁ……」
指をさしてそう言う真姫の迫力に、有利栖は気の抜けた返事を返すことしかできない。
と、力の籠った表情から一転、心配そうな表情になった真姫は僅かに揺れる瞳で有利栖を見つめる──有利栖の胸の奥が、チクリと痛んだ。
「有利栖……なにかあったの? 私なら、いつでも相談に乗るわよ?」
──また、胸の奥がチクリと痛む。
真姫は本気で有利栖のことを心配している。そんなことは当然分かっている。
だが──。
「……ううん、大丈夫。真姫ったら、心配しすぎだよ!」
有利栖は明るい口調でそう言い、笑顔を作った──今年に入って何度目かも分からない、ツクリモノの笑顔を。
真姫はそんな有利栖に「そう……? なら、いいけど」と、まだなにか言いたげな表情のまま頷く。
おそらく真姫は何かしらに勘付いてる。しかし、なにも言わないでくれている。
有利栖は、そんな真姫に心中で感謝と謝罪を同時にしながら「……でも、心配してくれてありがとっ!」と、再び笑顔を作る。
──ふと、風が止む。すると、窓際に停まっていたモンシロチョウが、音も無く飛び立っていった。
──有利栖が授業中に寝てしまうのは、毎日同じ“夢”を見るからだった。
悪夢か吉夢か分からないまま見続ける、“もうひとり”の親友の夢──春先に他界した白い髪の少女の、自分の知らない姿。
紅い瞳をこちらに向け、何度も何度も繰り返される、最後の言葉──そして白く煌めきを放つ、純白のモンシロチョウの姿。
その夢を、ずっと、ずっと、ずっと見続けるから──。
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