運転代行はじめました。

1/10
前へ
/10ページ
次へ
 歩道に座り込んだケンジの前に黄色い車が停まった。  車のボディには赤い字ででっかく『運転代行サービス』と書いてあった。  サークルの飲み会に参加したあと、ケンジが呼んだのだった。  その車の運転席から女性が降りてきて、ケンジに駆け寄った。 「まいどー。運転代行サービスでーす。」 「ふぉーい、ここ、ここ。」  ケンジはぐにゃりと手を挙げて返事した。  酔いのせいで呂律が回らなかった。 「お客様、お待たせしました。」 「いや、いいよいいよ。さっきまでベロッベロに酔っ払ってましたからね。待っている時間が、ちょうどいい酔い覚ましになりました。」  ケンジはググっとゆっくり立ち上がった。  お酒のせいで力が入らず、よっこい正一となってしまった。  運転代行サービスの女性は支える姿勢になったものの、手を出すのは運転代行サービスとは違うしな、などと考えながら、ケンジが立ち上がり落ち着くのを待ってから頭を下げた。 「ありがとうございます。じゃあ、早速、お客様のお車、運転してまいりますね。」 「はーい、お願いしまーす。・・って、あれ?」 「はい?どうしました?」  ケンジは不思議に思った。 「あなた、ひとり?」  ケンジは女性の乗ってきた車に目をやった。  女性が降りたあとの車の中には誰も乗っていないように見えた。  そんなケンジの心配をよそに、女性はあっけらかんと答えた。 「いいえ、違いますけど。」  え?本当に?どう見ても車の中には人がいなさそうなんですけど、とケンジは驚きつつも、自信満々の返答に安心した。 「そ、そりゃあ、そうですよね。あー、びっくりした。ねえ。あなたが一人だったら、あなたの乗ってきた車、どうするんだって話ですよね。いや、失敬、失敬。」  とケンジが話しているうちに、女性の営業スマイルは崩れて、焦りの表情に変わった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加