近藤ひなの場合

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 先に運ばれてきたお酒で乾杯し、今日ずっと疑問に思っていた事を彼に聞く事にした。 「ねえ、どうして今日誘ってくれたの?」  言ってからグラスを口に運んだ。 「えっ、だって今日はクリスマス、ですし……」  なんだか答えになっていない気がして、更に付け加える。 「佐々木くんの周りの女友達も、今日はみんな彼氏とデートだったの?」 「たぶん、そうだと思います」  歯切れの悪い口調が余計に疑問を深める。けれどそれ以上は聞かず、結局は仕事の話になった。  クリスマスに後輩と仕事の話をするのも、私には斬新だった。ただ、内容はどうであれ、一ミリも色気はない。それでも、彼が注文してくれた料理はどれも美味しくて、普段飲まないお酒もついつい進んでしまったのは、私にとって発見だった。 「先輩、大丈夫ですか?」 「ん? うん、大丈夫だよ。だって全部美味しいんだもん」  自分でも分かるほど喋り方がゆっくりになっている。 「そう言ってもらえると嬉しいです。あの、先輩って彼氏いないんですか?」 「うん。ていうか、いたらここに来てないでしょ」  彼の鼻に人差し指を向けて言う。 「まあ、確かにそれもそうですよね」 「佐々木くんは」 「俺もいませんよ」 「ふぅん。ねぇ、友達が言ってたんだけどさ、佐々木くんて女子社員に人気なんだって。知ってた?」  頬杖をついて彼を見上げる。 「え、そうなんですか? 俺、あんまりそういうの意識した事ないですから」 「へぇ。若くて可愛い子に興味ないの?」 「はい?」 「だから、どうしてクリスマスに私なんかとここでお酒飲んでるの?」  首を傾げて聞く。  次第にまばたきがゆっくりになる。 「……あの」  そう言った佐々木くんの顔が強張って見えるのは、お酒のせいだろうか。 「ん?」 「近藤先輩とこうやって話たりするのは初めてじゃないですか。俺は、ずっと話してみたいなぁて思ってました」 「なんで?」  すぐさま聞き返した。 「なっ、えっと……」 「佐々木くんて結構面白い人だったんだね」  素直にそう思った。 「はい?」  けれど本人は、少し驚いているようだった。 「仕事も出来るし、女の子にはモテるし、気は効くし。言うことないじゃん。それに、一緒にいるとなんだか落ち着くし」  私がそう言うと、彼は握っているグラスのお酒を一気に飲み干し、「先輩お店を出ましょう」と早口に言うなり椅子から降りて立ち上がった。その勢いに押され、彼に習って立ち上がる。すると、思ったよりも自分が酔っている事に気付かされた。千鳥足とまではいかないけれど、一人で歩くには少し頼りないくらいだ。  会計を済ませて外に出ると、火照った体に冷たい風が気持ち良かった。 「佐々木くん、今日は誘ってくれてありがとね。お洒落なお店も教えてもらったし、佐々木くんとたくさん話ができて楽しかったし、素敵なクリスマスを過ごす事ができて良かったです」  敬語になってしまうのは、ほんの少しだけ照れがあったからだ。 「そんな。俺も、近藤先輩と過ごせて楽しかったです」 「うん、それじゃあまた会社でね」  背中を向けて歩き出した瞬間、突然腕を掴まれるから、おぼつかない足では転びそうになった。 「あっ、すいません!」  慌てて言うけれど、掴んだ腕はそのままだった。 「びっくりしたぁ、何!? どうしたの?」  驚いて彼を見る。 「いや、あの……」  言葉を濁すと、私から視線を逸らした。 「大丈夫? なんかあった?」 「いえ、何でもないです。えっとその、できればもう少し、近藤先輩と一緒にいたいんですけど……」  真っ直ぐ見つめるくせに、口調は遠慮がちだった。 「え、うん。いいよ」  だからあえて、明るくそう答えた。 「良かった。それで、二人きりになれる場所に行きたいんですけど……」  相変わらずの口調だ。 「近くにそんなお店あるかな」 「いや、あの、俺んち来ませんか?」 「ええっ! それはだめだよぉ」  彼の言った事を冗談だと思い、笑って返す。 「ですよね……」  苦笑いにも似たそれでそう言った。 「そうだよ。迷惑かけちゃ悪いもん」  そう言ってふっと笑うと、彼も同じようにそうした。 「じゃあ、近くのバーにでも入りませんか?」 「うん、それならいいよ」  歩いて数分の距離にあったバーに入り、長いスツールに向かい合って座る。  そこでも、結局仕事や会社の人たちの話になった。  とりあえず一杯だけお酒を頼んだ私は、それを少しづつ飲んでいた。彼はお酒に強いのか、今日何杯目かのおかわりをしている。  途中、お手洗いに行くために席を外し、そこでようやく時計を見ると、終電には到底間に合わない時間になっていた。席に戻り、その事を彼に伝えた。 「ねぇ、そろそろ帰ろっか? 私の方は終電間に合わないけど、佐々木くん間に合うなら先に出てもいいよ。私はタクシーで帰るから」  スツールに片手をかけてそう言った。 「じゃあ俺もタクシーで帰ります」  バーを出て大通りを並んで歩く。  車道寄りの歩道では、タクシーを掴まえようとしている人たちが結構いた。  すっかり忘れていたけれど、今日はクリスマスだ。
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