所有権

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 とある夫婦。お互い、愛し愛されての結婚だったはずだ。だがそういう心の盛り上がりは時の流れと共に熱が冷めていく。  特に、夫のフカワ・イクオは、もともと「気が多い」人間で。いろいろなタイプの女性に、いつもフラフラとしてしまう。  イクオ氏はこれまでに2度、浮気を妻に咎められた。それは「見つかったのが2度」という意味ではなく、「イクオ氏の本気度が許しがたい」ので咎められたものだ。妻の方も、夫の浮気癖は「もう治らない」と考えて、どこかで見切りをつけてしまい。彼が「適当に遊んでいる程度の相手」には目をつぶるようになっていたのだ。言って見れば、妻はイクオ氏が自分の手のひらの上で踊っている間は放っておこう、ということである。  前回、2度目に見過ごしに出来ないほど本気になり、女との逃避行を企てた時、妻は、 「今度やったら、ただじゃ済まないわよ!」  そう釘を刺した。その時は、イクオ氏も平謝りに謝って、なんとか難を逃れた。  実はイクオ氏、妻の実家が資産家であり、イクオ氏自身は独身時代は一文無しで、つき合っていた女性に養ってもらう生活をしていた。長身でスマート、ナヨッとした長身ではなく、割とガッチリめで、肌の色浅黒くスポーツマンタイプ(だがスポーツはさほど得意ではない)。話はうまいわけではないが、無口ながらポツポツと話すその語り口が、女性の心にグッときたり、フッと寄り添ったり、ハッと振り向かせたりと、そういう面が女性に受けるらしい。 彼、基本的には彼は気が弱く、今の妻に経済的にも支配されているので、逃げ出すことが出来なかった。気の向いた女のところを渡り歩く生活は出来なくなっていたのだ。これは「彼の妻が、彼を愛している」ということとも関係している。彼の妻は、何があっても彼に愛想を尽かして放り出したりせず、毎回必ず自分のもとへ引き戻して来たのだ。  彼女は、友人の女性に、酒が入ったときにだがこんなことを言ったことがあるそうだ。 「あんな男だけど、憎めない。好きなんだわ。イクオは一生、わたしのもの。離さないわ」  イクオ氏の女性問題で、しばしばヒステリックに怒ってみせる彼女の、最大の弱みがこれなのだろう  しばらくおとなしくしていたイクオ氏はついに3度目の「許しがたい浮気」をやった。  いつもの「軽いアソビ」ならこんなことはしないのだが、今度は手が込んでいて、相手の女と会うためだけにマンションの部屋を借りていた。しかも、生活の実態をほとんどそこに移して、住んでしまった。  妻はこれには相当に頭にきて、その浮気用のマンションを突き止め部屋に乗り込んだ。  そのとき相手の女はおらず、イクオ氏だけが真っ青な顔のパジャマ姿で妻を出迎えた。 「頭にくる。あの女。こんな部屋まで借りて」  夫は平身低頭して謝った。彼は、とにかくいつも妻にこうして謝ってしまうのだ。それでももはや3度目となると許してはもらえそうに無い。妻は怒り狂っている。  今度のイクオ氏の浮気相手。その相手もそれなりにお金があるらしく、このマンションなどもそっちの彼女が用意したらしい。そして、イクオ氏の妻に堂々と電話してきて、そこら辺のいきさつを並べ立てて、 『イクオさんは、もうわたしのものよ』と言い放ったらしい。 「汚らわしい!」  イクオの妻は部屋でそんな風に叫びまくっていた。 そして言った。 「あの女の物は全部窓から捨ててしまって!」  イクオ氏は最初は躊躇していたが、言われるがままに浮気相手の女のものを掴んで窓の外へ向かって放り投げ始めた。洋服、下着、靴に化粧品、宝飾品の時に躊躇したが、妻に更に怒鳴られて投げ捨てた。そしてあらかた窓から放り出してしまって最後に少し考えて、 「俺もかナ……」  そういうとイクオ氏はバルコニーの手すりを乗り越えてパジャマをはためかせながら落ちて行った。
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