期待

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期待

 発明で有名な科学者イトウ博士は、今、友人のマスダさんを招いて話していた。  研究室で博士はニコニコしながらマスダさんに、 「今日は、君の期待に応える研究の成果をお見せするよ」そう云うと得意そうにした。それに対してマスダさんは、 「ほほー。それはなんです」マスダさんは、博士の胸中を分かりかねると言う顔で博士に問い返した。 「お見せしましょう」博士は、研究室の奥にある透明な板で囲まれた箱状の台の所へ彼を案内した。透明な箱の中には、何か黒い植物のようなものが下に張られた数センチの水面から顔を出して生えているようだった。  マスダさんはそれがなにか、すぐには分かりかねた。どこかで見たような気はするのだが、 「これは?なんですか?これが私の期待に応えるものなんですか」そう云って、やはり分からないという顔をした。博士は、ウンウンと頷き、 「これは、ほら。コレですよ」博士はそう言って、自分の髪の毛を軽くピンピンとマスダさんに引っ張って見せた。それを見てマスダさんは、やっと頭の中で考えがまとまったという風に、一段高い声で、 「あぁ~、髪の毛。うん、この箱の中に育っているのは、髪の毛なんですね」 「そうです。これはですね、私が開発した毛根の種に毛を育てたい人の毛の一部を移植して、特殊な培養液に漬し、一定温度湿度を保ったこの培養室で育てるのです。すると、人の毛が育つように、徐々にこうして伸びていくのです。今ここにあるのは、以前にマスダさんからもらった一本の毛から作り出したものですよ」 「ああ。そうだ。だいぶ前に「髪の毛を一本拝借」とあなたに言われましたね。私のこの後頭部にやっとわずかに残っている毛を差し上げましたっけ。……ずいぶんと日が経っているので、すっかり忘れていました……こんな研究に結びついていたのですね」 「ええ、ずいぶんお待たせしましたね。いつか必ず驚かせようと、私もコレにはずいぶん苦労しましたよ。成果が見せられて、嬉しく思います」  マスダさんは、この時点でクリスマスプレゼントを待つ少年のように、培養液の箱の前で踊るような跳ね回るようなステップを踏んでいた。マスダさんの嬉しそうな顔を見て博士も上機嫌になっていた。  培養液の箱の中では、田んぼに植えられた稲が育って緑の穂が大きく生えそろったように、つやのある生き生きとした黒い毛が真っ直ぐに束になって生えている姿があり。マスダさんは、それが「自分の毛」と思えばなおさらに感動的だった。 「この生えた毛を集めて、今度は自分の頭に植え替えればいいということなんですね?」そう云いながらマスダさんは宝物を見つけた子どものように目をキラキラ輝かせた。 「いえいえ。そんなことは出来ません。この毛は、刈り取るとモシャモシャに枯れて萎れてしまうんです……。私がした研究は、「マスダさんの毛がこれほど大きく育つ可能性がある」ことを証明して、そういう希望を芽生えさせるというものです。どうです、可能性を追求する大きな気持ちがあなたに芽生えてきたでしょう?」  マスダさんは、毛は芽生えず、期待が芽生えるというこのことに少し納得のいかない悲しい目つきで透明な箱に覆い被さるようにして、親にねだっても買ってもらえなかった何かでも見るように、中で育っている毛の束を見つめているのだった。
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