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研究成果
サワムラ博士の所へタカベという男の友人が訪ねて来た。友人と云っても、相手をそう呼んでいるのはタカベの方だけで、博士は彼を一貫して「仕事上の知り合い」あるいは単に「知り合い」としか呼んでいない。
サワムラ博士は、今までに画期的な新発想の発明で学会や業界を「アッ」っと云わせて来た人物だ。まあ、「アッ」っと云わせるのにもいろいろある。サワムラ博士の場合は、皆を驚かせはするが「カネ」にはならない部類の突飛な発明がほとんどだった。
タカベ氏が今日、博士の元を訪れたのは、恐らく「久しぶりに画期的な「カネ」になりそうな発明が実現した」という噂を聞きつけてのことだろうと博士は思っていた。
(まったく、こういう話には鼻の効くお人だ)
だから博士は、タカベ氏がそのうちに顔を見せるだろうと思って、待っていたくらいだった。
「博士。博士がまたもや素晴らしい発明をしたという噂を聞きまして。その成果をぜひ拝見したいと思い、参上いたしました!」
タカベ氏の得意のおべっかを久しぶりに聞いた博士も、
「ううん。私も君がそろそろ来るんじゃ無いかと思って、どうもてなそうかと考えながら待っていたんだよ」
少しばかり軽いイヤミを云ってやるのだった。タカベのような男には、少し横柄な態度でいるくらいのつもりが無いと、対等に渡り合えない。下手に弱みを見せると、まるでただ同然で研究を一切合切、自分のもののように引っさらって行ってしまうような男なのだ。
「で、今回はどのような発明をなさったのです。博士?」
タカベ氏は両手でしきりに「手もみ」をして博士に聞いた。これは演技で無くて、本当に心の奥底から出る彼の「何かを欲する発露」なのだと思うとサワムラ博士は、おかしいような怖いような気がした。
「いや、実はね、これなんだが」
博士は研究室の机の上にある1台のノートパソコンを示した。それはキーボードのついた本体と折りたたみのモニターのついた、一見何の変哲も無いノートパソコンだった。しかもそんなに新しいようにも見えない。
「ほほぅ。これは、どこら辺が「新発明」なのでしょうか?」
タカベ氏は、ノートパソコンを、目を輝かせながらも手は触れずにいろいろな角度から見て取って言った。博士は、彼のその姿に笑いを浮かべながら、
「うん。パソコンにはモニターの上部にカメラが付いていたり、後付けでカメラが付けられるだろう?」
「ええ、はい、ありますねえ」
博士は説明を始めると、もう一台のノートパソコンのモニターも開いて、電源を入れた。
2台のパソコンのモニターのうち、あとから電源を入れたパソコンには、先に電源を入れたパソコンの前に立っているタカベ氏の姿が映し出されていた。
「私はね、そのようなカメラの代わりに『パソコンのモニターにカメラの機能を付加する』ソフトウェアを開発したんだよ。つまり、このノートパソコンの、こうして広げた液晶モニターのこの部分全体がカメラの役割を果たす様に出来るんだ」
「なるほど……そうしますというと」
「こちらのノートパソコンを見たまえ。これにはカメラは付いていないよ。でもカメラは無くとも、モニターの無いパソコンは存在しないだろう?そして、カメラがあると言うことは、取り込んだ画像を録画するとか、どこかに配信するとかそういう機能と連携すれば、使い道はいくらでも思いつかないかね?……このソフトウェアをパソコンに仕込まれた人は、通常の使用ではモニター画面が変化するわけでは無いから、そうと気づくまで自分が見ているモニターを通して自分の姿が誰かに見られていることに気づかないんだよ。わかるかね?」
博士はそう云いながら、もう一台のパソコンの画面を指さした。目の前にある二台のパソコンは単独で動いているが、手前のパソコンのモニターの前にタカベ氏が顔を近づけると、もう一方のノートパソコンのモニターに彼の顔が大きく映し出されているのだった。
「わかります、わかります。そうか。そうですね。……こりゃ博士。博士にしては、今回はずいぶんと、エグいものを発明なさいましたね。これは、ある種の分野では、相当高く売れそうです!」
タカベのこのことばを聞いて、(我が意を得たり)とニコリと笑った。そして博士は、
「ところで、この先の話を進める前に一息入れよう。お茶を入れてくるから、待っていていくれ」
「はいはい。わかりました」
サワムラ博士は研究室の続き部屋のドアを開けてお茶を入れに行った。
数分して、博士は、お茶を入れると云って開けたドアの向こうからソッと顔を覗かせた。研究室には誰もいない。博士は顔を引っ込めて窓から外を見た。研究所の前の広場からタカベ氏の車が猛スピードで走り去っていくのが見えた。
(ふん。やっぱり彼は、研究書類や見せたデモンストレーションのノートパソコンなどを持ってトンズラしたか)
博士は、タカベ氏の車が夕闇の中をライトを照らし走って行くのを見ながら、ティーカップを持ち上げ、自分の分一杯だけ淹れた紅茶をおいしそうに飲んだ。
「そんな。パソコンのモニターをカメラに出来るソフトウェアなんてあるわけないじゃ無いか。……私が最近していたのは、タカベ君、キミのような腐れ縁、悪縁で繋がっている人間をやり込めて、悪どい商売が出来ないようにするにはどうしたらいいか、と云う研究なのさ。
……キミはこれから、私が仕掛けたウソに気づくまで、方々に、このインチキソフトウェアを売り込んで歩くのだろう。そして信用を失っていくというわけだ。
キミがどれほど信用を失うかが、今回の研究の成果というわけだから、せいぜい大いに信用を失ってくれたまえ、タカベ君!」
サワムラ博士は、丸い缶の蓋を開けてクッキーをひとつ口に放り込んだ。
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