10人が本棚に入れています
本棚に追加
【2】
「なるほどね。それで面会を許してもらえたってことか」
黒いカラスは笑うように羽を震わせた。
「そうよ。そう……心を壊してもらえれば、死の恐怖からだって逃れられるでしょう。肉体がその後どうなろうと……意識がなければ、痛みも感じないもの」
「覚悟があるんならいいさ。ご主人様もお喜びになる。すぐそこで待ってらっしゃるんだ」
「え?どういうこと?」
「細かいことは気にしなさんな。さあ、どうする?破壊を受け入れるかどうか……時はそう悠長には待たないぜ」
カラスの言うご主人様とは何者なのだろう?
少女は正直、不安を隠せなかった。
けれど、もう後には引けない。
月のない深い闇夜。
鳥と話すバルコニーの二十メートル下では、民衆の持つ炎の群れが揺れている。彼らは夜になっても城の包囲を続けている。
ここは落葉高木の陰、あちらからは見えない。
ドゴオオン……
その時、鈍い轟音と、召使の叫び声が響いた。
「姫様!お逃げ下さい!民衆が…民が……!ああっ!」
召使の声はそこで途絶えた。
勢いよく階段を駆け上がってくる複数の革靴の足音。
恨みに燃えた荒い息。錆びた金属が擦れ合う、耳障りな不揃いの音。
少女からすれば、民衆こそが魔物だった。
私は彼らに何もしていない。
私は、彼らのおかげで、彼らの税金で働きもせず裕福に暮らしてこれた。
でも、それは当たり前ではなかったのか。
王であるから、姫であるから、それは特権で、選ばれた者に与えらえた当たり前の幸福ではなかったのか。
父が殺されて思うのは、父も同じ人間だったということ。
簡単に死んでしまう、脆い身体の持ち主だったということ。
特別なんかじゃなかった。
はじけ飛ぶ『階級』、あるはずだった『身分の差』は掻き消えて、もうどこからも姫を守ってはくれない。
ごめんなさいと謝ったところで、許してもらえるわけがない。
擁護してくれる人などいないだろう。
でも、八つ裂きだけは、嫌だ。
「……いいわ。心を破壊してくれたら、身体なんてただの器だもの」
目を閉じる。
カラスのくちばしが大きく開く。
それは予想よりも遥かに大きな穴、大きな渦。
少女は見る間にその闇に飲まれていく。
パツン、と何か切れたような音。
気づくと、ふわふわの白い世界。
ああ、綿菓子のようだ。素敵。もうこれからは何に恐れることもないのね。
けれど、染まっていく。
少女が触れたところから、『白』は『黒』に変わっていく。
まるで汚染源は自分であるかのようだ。
おびただしい黒い虫に這われ、覆われていくような不快感。
発狂しそうだ………!
黒く染まっていく世界でもがく。
「破壊に苦しみがないとは言っていない……」
低い声が聴こえる。
『白』を求めるほどに、自分が闇を濃くしていく。
最初のコメントを投稿しよう!