【3】

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【3】

 視界の遠くに、現実世界が見える。  懸命に走っている婚約者、サーディックの姿。 「ああ……!」  藁にも縋る思いで手を伸ばす。  その途端に、バルコニーの手すりから落下する。  肉体はまだ、あのバルコニーにあったのだ!  落ちる。落ちる。落ちる……!  婚約者は幻想なのか?  闇に沈む視界の先にぽっかりと開いた穴。  そこに民衆の集まる広場が見える。  松明に囲まれた尖塔の先に、刺さっているサーディックの首。 「あああああああ!」  これは現実なのか。  これは現実なのか。  これは現実なのか。    カラスは嘘をついたのか?  どういうことなのだろう?  ああ、でも、もういい。  もうすぐ地面だ。  もう、終わり。  全て、全て、終わり。  城の5階のバルコニーから、叩きつけられて終わりのはずだった。  けれど、そうはならなかった。  少女は宙に浮かぶ黒い馬に跨る紳士によって救い出された。  彼もまた、馬と同様に真っ黒ないで立ちをしている。  少女はその瞳を見て、あっと息を飲んだ。    その瞳には光がなかった。  深い深い闇は、底なしの深海を思わせる。  黒いスーツの紳士。  どこかで見たことがある。  そうだ。幼いころからいつも感じていた。  見られている視線。  宮廷行事の時はもちろん、日常生活の中でも、彼を見たことがある。  知り合いではない。  視界の中によく入ってくる。  確認したことはないけれど、あれは他の誰の目にも見えていない類のものだと思っていた。  目を合わせると震えた。  彼は、明らかに『人』ではなかった。  彼は、思い出す限り、恐らくずっと、歳を取っていない。  彼は少女を胸に引き寄せながら言った。 「君の父君とは若い頃からの友人でね。彼とは約束をしていたんだ。  『君が国を治める手伝いをしよう。その代わり私がいつか君の持っているものの中で欲しいものができたら、それを譲ってほしい』とね。  けれど彼は守らなかった……。  私は君を、熱望したのに」 「ああ……!」  彼の背中に蝙蝠のような翼が生えているのが見える。  異形の姿。やはり彼は、この世のものではない。 「さあ、人間の魂の形を崩したお嬢さん。永遠が君にはある。さあこれから悠久の時を私と付き合ってくれ………」  破壊したのは、人間の寿命の器。  破壊された後は無限になっている。  肉体も同様に老化を止められている。  思っていたのとは全く違う結果だ。  闇の端に浮かんだバルコニーで、お辞儀をしている預言者が見える。  彼もまた、使い魔だった。  抵抗することもできないまま、姫はさらわれていく。 cf5577ce-c20a-41ba-87bd-d948ebc24ea7                              《終わり》
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