魔法

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魔法

台所のテーブルに、三人で付いた。テーブルは庭で咲いている花でカラフルに美しく飾られ、三人分のお茶とパウンドケーキの用意がされていた。おばあちゃんと、ダンゴと、美実の分。 「私が学校から帰ってくるって解ってたの?」 「解ってたんじゃないよ、私たちは三人分のお茶の用意をしたくなったけだけ」 おばあちゃんは事も無げに答えた。ニンゲンの形のダンゴがうなづく。 「こうした方がいいって思ったら、それをやるの。魔女のやることに無駄はない。どうしてだか解る?」 美実は首をかしげた。 「わかんない」 「魔女がそうすると決めたら、そのように世界が動くから」 「???」 「世界が動くのは自分を100%信じているからだよ。それが魔女の血筋だ。普通の人より自分を信頼し愛する力が生まれつき強いんだ。自分が完璧であるかは重要ではないんだよ」 美実は想像した。自分を100%信じる?よく解らない。クンクンとおばあちゃんがカッブに注いだお茶の香りを猫のように嗅ぎながらニンゲンの姿のダンゴは目を閉じた。 「この香りも、熱さも、ニンゲンの形をしているから楽しめるようになった」 「ダンゴはどうやってニンゲンの形になったの?」 「魔法とミチルの心の力で」 美実は驚いておばあちゃんを見た。この家に来てから、美実の魔女としての資質を丸ごと受け入れられた以外、おばあちゃんを見ている限り美実が想像していた魔法らしい魔法はダンゴの変身が初めてだ。 「ど、どうやって?!おまじないか、呪文を唱えるの?ハリーポッターみたいに?」 「自分ができると信じて、土と水を神聖にして、思い浮かべるのよ。ダンゴの魂の人間の姿を。あとは神聖な土と水がやってくれる」 「魔法の言葉は?」 「要らないよ」 「呪文は?」 「使わないよ。要らないんだよ」 おばあちゃんは困ったように笑った。 「うーん言葉にするより実際見てもらわないと、普通の人たちの社会で育ったミミには説明しようがないね。魔女の血筋は生まれたときから見ているから、肌で知ってるもんなんだけど…」 「ミミのお母さんが魔力無しだったしね。魔女の血筋の一族の中で、あの子大変だったろうね。使い魔も受け入れられなかったもの」 「私もあの子を育てていて大変だった。母親の私が当たり前と思っていることが理解できなくて悲しんでいるのさえ、あの子が一族の中から飛び出すまで解らなかったもの」 おばあちゃんは懐かしむような口調でさらりと言った。ダンゴがおばあちゃんの肩を軽くあやすように叩く。 「よく頑張ったね」 「いい経験になったよ、ミミを預かるとき娘の言い分を冷静に聞けたからね」 パウンドケーキを頬張りながら、美実はおばあちゃんとダンゴのやり取りをながめていた。 今では母親が何故美実をこの家に、おばあちゃんに預けて行ってしまったか、解るようになった。お母さんなりに美実の事を考えておばあちゃんに託したと。捨てられたんじゃなく救われたんだと。でも、おばあちゃんが時々困ったような顔で美実の母親の昔のことを話すのを、とても不思議な気持ちで聞いた。 お母さんにも、子供の頃があったんだ、おばあちゃんとお母さんで暮らしてたときがあったんだ…。その時お母さんが大変だったことが一番不思議だった。子供にとって母親は最善完全な存在だから。 「ミミ、ケーキ食べたのかい?もう少し食べる?」 「うん、食べる」 おばあちゃんがパウンドケーキの塊からケーキを切って美実のお皿の上に置いた。 「お茶も飲んでごらん。美味しいよ」 ダンゴがすすめる。少しクセのある、華やかな香りがするお茶だ。バラの花と庭で採れるハーブをブレンドしておばあちゃんが作った自家製のお茶だそうだ。これを飲んでいると、気持ちがゆったりして少しだけ大人になったような気分がした。 「さあて、ミミ、水晶と話してみないかい?」 おばあちゃんが立ち上がって、棚から水晶の大きなクラスターを大事そうに持ってきて、美実の前に置いた。変わった形の氷の塊に沢山虹をまぶしたようなクラスターだ。美実は思わず、といった感じでクラスターの飛び出た水晶の結晶にそっと触れた。毎日ホコリを払っているから馴染みがある。 「聞きたいことを頭にはっきり思い浮かべて、耳をすませてごらん」 美実はやってみた。 貴方の事教えて?と思い浮かべながら。 思い浮かべてから目を閉じて、集中する。 瞑想と同じだ。自分の雑多な心の声が頭の中で沸き上がっては美実の自我の注意を引こうとする。 心の声を通りすぎると、頭の中がしんとして、ふっとイメージがわいた。 熱い地面の奥で、膨大な時をかけてゆっくりゆっくり冷えていきながら生成されていく水晶。 太陽の光が届かない深い地中で、水晶自体が、誕生の喜びを音もなくポウと耀きながら仲間たちと話し合う様。 それから、水晶を産んだ地球のマグマの熱と、その中心の地球の心を。 「ミミ、ミミ」 おばあちゃんに肩を揺すられて美実はハッとして目をあけた。 「どう?ずいぶん深くこの水晶と繋がっていたみたいだけど」 「おばあちゃん、水晶って、地球から産まれたんだね、地球の心と繋がっているんだね」 「そう。それが水晶の秘密なんだよ」 おばあちゃんはにっこり笑うと、水晶のクラスターに触れた。 「でも、言葉じゃなかった。私話したのかな?」 「言葉じゃなくても、ミミが聞きたいことに応えてくれたんだろう?」 「…解らないの。これは本当の事?」 美実が首をかしげているとダンゴがキョトンとして聞いた。 「本当の事って何?どういうのが本当の事って、ミミは思うの?」 「ええと…」 美実は考え込んだ。改めて聞かれると、本当の事ってなんだろう? 「皆が解ってて、皆知っている事が本当の事って思う」 「皆って誰の事?皆が知らないことは嘘なわけ?」 「えっ?!」 「ミミが本当の事って、決めていいんだよ?だって、ミミがそう思ったんだから。それに水晶の話す言葉は私たちとちがって当たり前だよ、暖かい血の通う生き物とは在り方から違う」 椅子の上でぐっと伸びをして、ダンゴは大あくびをした。パラッと、土の塊がダンゴから落ちてくる。 「ねえミチル、この形疲れたー。お腹のちびたちも心配だし元に戻っていい?」 「ありがとうねダンゴ、丁度いい、元に戻るところをミミに見せていいかい?」 「良いよ」 ケーキの最後の一口を口に入れてダンゴがモゴモゴとうなづく。おばあちゃんとダンゴと美実とで、2階のおばあちゃんの寝室へ行く。可愛いパッチワークキルトのベッドカバーの上に、枕ほどの大きさの絹のクッションが置いてあり、猫のダンゴの体が眠っていた。 クッションの周りを色々な形の水晶が取り囲んで並んでいる。美実が目を凝らすと見えた。水晶たちがそれぞれ細いエネルギーの蔓のようなものを伸ばして絡まり合い、猫のダンゴを護るように結界を作っている。 ベッドの隣には、大きな空っぽの木枠の箱が、藁を編んだマットの上に載っていた。人間型のダンゴは木枠の箱に入った。ダンゴが箱のなかに立つと同時に、人間型のダンゴは乾いた泥の塊に変わって、頭からサラサラと崩れていった。おばあちゃんは猫のダンゴの結界をくずす。並んでいる水晶を片付けることによって。 やがて猫のダンゴが身動きして、ぐうーっと伸びをした。 「これで終わり?」 美実がおばあちゃんに聞くと、代わりに猫のダンゴが答えた。 「これで終わり。なんだ、もっと派手なのを期待してた?光の爆発とか」 「うん」 「魔法なんて地味なもんだよ」 毛繕いをしながらダンゴが笑った。
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