飴色の午後01

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飴色の午後01

 午後にかけて春の陽気でじんわり温められた廊下は柔らかい木目の感触が素足の底に優しい。  途中で、階段の踊り場から玄関が見下ろせる。螺旋を描くダークブラウンの階段は屋敷の中心に位置し、明暗のコントラストによって、ここから見るものはすべてが眩しく、そして明るく見える。  陽の光を受けて目映く切り取られたこの家の玄関は、友人によれば、麦わら帽子の匂いがするそう。はじめの頃に感じていたのかもしれないそれは自分たちに馴染んで消えた。  今はさっきキッチンで(つま)んだ柑橘の餅が、喉奥でふんわりと微かな匂いを残すのみ。歯列に残った甘い求肥を落としながら足を進めていると、舌で押し潰された果実の粒が弾けて口内に甘酸っぱい汁が唾液と混じって薄く広がった。 (熱い緑茶が欲しいかな)  舌に残る余韻を探りながらもう少し買っておけば良かったと後悔する。和菓子のアソートパックは、干菓子や最中は何袋かずつ詰められていたけれど、柑橘の餅はもともと1袋しか入っていなかったみたいだった。  ーーあの人の分がなくなってしまった。          きっと好きな味だった。  こちらも一つしかなかった梅の寒天ゼリーを罪滅ぼしにポケットに突っ込んで、あの部屋へ行く。個包装のギザギザの耳が薄い布越しに太腿をチクチクと刺した。  裸足の足が床に吸い付く音が、やけに大きく響いて聞こえてくる。  右手左手の人差し指の先でぶらぶらさせていたスリッパを部屋前の床に屈んで置く。ロングスカートのエバーグリーンの裾を踏まないように立ち上がったら、引き戸の枠にそっと手をかけて部屋を覗く。長い年月、紫外線や人の指に触れてブラシの先のようになった木枠のささくれが親指の腹をくすぐった。 (開いたままで良かった)  若いなりに二人で無理を自覚して持った一軒家は、夫の知り合いづてに譲ってもらったもので、以前の持ち主の面影を未だ至るところに色濃く残している。この磨りガラスが格子にはまった洋引き戸も下の立て付けが狂ってしまって、引くたびにぎしぎしと大きな主張を繰り返していた。 くらり  足を踏み入れようと前を見据えた目が眩しさに怯む。  傾いた西日が窓から差し込んで、空気全体が息をするのも躊躇われるほど飴色に染まっていた。きっと琥珀色のべっこう飴に透かして見える世界と一緒。  彼なりの規則に従って片された棚の画材と本棚に囲われた空間は、実家から持ってきたというアンティークチックな振り子時計のせいか、はたまた絵の具で汚れるからと取っ払われ剥き出しになった床のせいなのか、全体的にくすみ色にまとまって、そこだけ切り取られたようにちぐはぐな大正の時間が流れている錯覚に陥る。 「…」  この部屋の主を呼び覚まそうとしてやめた。  没頭している。
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