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a ghost
冷たかった。
すぐ熱くなった。
寒気がして。
身体中が燃えた。
「は、え? はっ?」
いや、待って、待てよ。
嘘だろ、嘘だよな、おい。
だってさ、こんなのねぇよ。
ありえない、普通違うだろう。
「お、れ……はら、え?」
どうしよう、どうしよう。
全身が痛い、燃えている。
寒気がする、掻き混ざる。
やめてくれ、許してくれ。
「なんで、なんで、なんで……っ」
尋ねても答えはない。
返ってくるのは無音。
見えるのは暗い微笑。
静かな息が聞こえる。
「大丈夫、そんなのじゃ死なないよ。私がこうやって生きてるんだもん、芳野だって平気でしょ」
笑う、亡霊が。
傾く、世界が。
沈む、視界が。
遠い、出口が。
「こんなのよりもっと大きいものを何個もぶっ刺されて、首絞められて、力いっぱい殴られて、加減なしで蹴られて、遊び半分に懐中電灯で掻き回されて、水槽に沈められて、背中を焼かれて、顔切られて、水とかお酒とか口に流し込まれて、」
屈む、喋る、笑う、亡霊が。
泣き、睨む、俺を、亡霊が。
怖い、暗い、顔の、亡霊が。
憤怒、憎悪、侮蔑、隠さず。
「逃げる足をバットで殴られて、抵抗する手をパイプだっけ、なんであんなに加減もなく振り回せるんだろうね、関節が増えたのかと思った、頭なんて打ち所悪かったら死んでるよね、倒れてからも蹴られて、蹴るのに飽きたらまた入れられて、あの動画もう削除されてるのかな、怖くてチェックできてないや、ねぇ、どうしたの芳野、まだ思い出せないの芳野、ほんとは覚えてるんでしょ芳野、」
なんのことだよ、やめろよ。
わかるわけない、そんなの。
俺はやってない、違うんだ。
だってあんなの、あんなの。
「お前だ芳野お前に言ってるんだ芳野お前が私のことネットに書いたせいであんなことになったんだろうがお前のせいで私がお前に何をした私がいつお前を拒んだ私がいつあんな目に遭うほどの恨みをお前から買った言え芳野笑うな喚くな呻くな泣くな死ぬな生きろ答えろ聞け見ろ償え言え話せ芳野」
溜息が聞こえる。
視界が暗くなる。
頭を揺すられる。
痛みで目覚める。
「『犯人に会う予定だったのは本当は高橋雪奈。別の客との援交があったから加藤美夢に譲った』」
「――――――」
「『特定余裕』『JKだった』『現役じゃね』『うちのクラスにいるわ』『住所わかるひとー』『家族みんなサイコパス』『犬飼うやつ大体こう』『JC56してイキるJK』『暗そうな顔』『これは性の悦びを知り過ぎたメス顔』『会って動画撮りてぇ』『キモ。こんなのブタじゃん』」
「……やめ、ろ」
「『邪悪ロリ名乗るにはBBA過ぎ』『どうせこいつも性悪』『客の取り合いとか?』『計画的な殺人斡旋か』『生きる苦しみから救ってあげたいよ(暗黒微笑)』『天罰下れ』『なんで生きてんの』『ほんとは死ぬはずだったJK』『絶対こいつ題材にした小説書くやつおるわ』『弟もなんかヤバそう』『学校で便器やってそう』『男の子は可愛いからセーフ。姉はアウト』」
「やめろよ……っ、」
「『正義の味方さんこいつです』『お巡りさんこっちです』『家凸するわ』『カクテル投げようぜ』『サイコパス湧いとる』『洗濯物prpr』『殺る前にヤりたいわ』『ヤりながらやりたいわ』『ワンチャン希望』『希望者集まれー』」
「もういいだろ、」
「『ここ集まらないやつ悪だろ』『全員集まるよなぁ?』『何持ってく?』『バット確定』『バールあり?』『カメラは任しとき』『ベルトで絞めてみたいわ』『菌持っててもこいつなら安心だわ』『どうやんの?』『ねーこれ誰ー?』『やんややんやー』……冷やかしみたいのもあったんだね、よかったじゃん芳野。有名人だね……って言えばいいんだっけ?」
「やめてくれよ、もう」
「あの人たちはこれかな、この『希望者集まれー』とか言ってる人たちかな? まだアカウント残ってんだね。あっ、今も投稿してるよ、ふーん、へぇ……無責任に正義してるんだね、ありえない」
「それは……俺じゃない」
「最初に“ぼやいた”のは、芳野だよね?」
「でも、やったのは俺じゃないだろ、」
「そうだね、芳野は何もしなかったよね。最後の最後に、あいつらに命令されるまで」
「……………………っ、」
『芳野! ねぇ! 助けてよ! やだ! やだぁぁっ!! ぎっ、あぁぁ、か、はっ――――、ぁ、ぁっ、う゛っ……』
「たか……は、し……」
涙が出る、気のせいかも知れないのに。
記憶なんて、あってないようなものだ。
もしかしたら、これも錯覚じゃないか。
そう思ってても、目の前に見えるんだ。
こっちを見つめて、手を伸ばす高橋が。
「高橋、高橋……、高橋、高橋、高橋、高橋、高橋……っ、」
もう少しだ、手を伸ばす。
届くはずだ、近くだから。
すぐ近くだ、助けるから。
声が出ない、手が止まる。
「なんで、なん……、」
「……ありがとう、芳野」
冷たくなった身体に、微かな温度が染みて。
暗闇に閉じた視界に、震える声が広がって。
「でもね、遅過ぎだよ」
再び、亡霊が笑った。
「まだ起きててもらうからね、芳野。あんたがちゃんとあの頃のことを思い出さないと始まらないし、終わらせることもできない」
ぶちっ、と音がして。
手が、熱くて痛んだ。
「痛そうだね、芳野。せいぜい私がやられた十分の一くらいだけど、1枚だけでもすっごい痛そう。ゆっくり、丁寧に思い出させてあげるね」
声が、耳に絡み付く。
もう、逃げられない。
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