daylight

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 きっかけは、たぶんあってないようなものだった。強いて言うなら、入り浸っていたネットカフェの店員同士が「あの人、また来たね」なんて囁き合っていたのを耳にしたことだろう。  うるせぇ、こっちは金払ってブース借りてんだよ、クソみたいな文句垂れてんじゃねぇ! なんて怒りをぶちまけられるほどの度胸があるわけでもなかったし、かといって、そんな目で見られながら長時間留まり続けられるほど鈍感な人間でもなかった。普段なら夕方まで時間を潰すところだったが、その日は30分ほど個人ブログを見てから出ることにした。まだ夏の終わりなんて見えてこない、眩しくて蒸し暑い昼間のことだった。  じりじりと鳴く蝉の声と、それになんとなく目につく人通りを避けたくて、ブレーキの壊れかけた自転車でどんどん町外れに向かっていく。  別段、目的らしい目的があるわけでもない。だが、意識なんてしなくても向かう場所は大体決まってくるだろう、そう思いながら、俺は気の向くままに道を進み続けた。  どこかノスタルジアを感じる錆びた橋、覗ける範囲で全て見渡せるくらいの小さな倉庫、子どもたちの声が聞こえる雑木林、地元の老人たちの歌声が漏れているカラオケスナック、旨そうな小麦の匂いがするパン屋を通り抜けて、どんどん、人気(ひとけ)のない場所へ。  そうやって着いたのは、いつもの通り、町の外れ、ほとんど誰も近寄らないようなところでただ崩れ去る為の時間を数え続けているような、とっくに廃業したホテルだった。  かび臭くて、埃にまみれた、憩いの場所。ふとしたきっかけでここの存在を知った俺は、度々(たびたび)ここを訪れている。  そして、今日も。  周りの目を気にしつつ、俺は廃ホテルの扉を開けた……。
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