憂の桜が咲く頃に

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 毎年校庭に咲く桜は、出会いと別れに花を添えるべく今年も蕾を膨らませている。それを教室から眺める事が出来る春は、普通の生徒なら三回しか来ない。 しかし、たった三回しか見れないその桜を一回しか見れなかった弟を想い、溜息を吐く男がいる。 人は悲しい思いをしただけ優しくなると言う言葉は本当だろうか。耐える辛さを知れば強くなれるのだろうか。  小室(こむろ)は桜を見る度に亡き弟を思い出していた。その目には悲しみだけでは無く、優しさと強い意思が宿っている。  家庭の事情で生き別れになった弟がいる。それを校内で見掛けた時の喜びは大きかった。 ──まぁ、向こうは俺の存在に気付いてなかったけどな……。 声を掛けるべきか、迷いがあった。いや、こんな事なら掛けるべきだった。もう一度、話がしたかった。    桜は真冬の寒さで休眠を打破し、蕾が目を覚ます。小室の心の中の桜は未だ眠ったままだ。 満開の向こうに有るのは、散るだけの運命。やがて誰かに踏みつけられては風に飛ばされる。桜は咲く時期も、咲く場所も選べない。 それなのに小室の心の中の桜は、何年も蕾のままだ。咲く場所は見つかった。 あとは、咲く時期を待ち続けている。
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