第1話 「異教徒」の少年

1/1
前へ
/10ページ
次へ

第1話 「異教徒」の少年

◆     ◆ 「今日も生き残った俺達に乾杯だ!」 『乾杯(かんぱい)!』  黄金の酒が()がれたジョッキがヂン、と景気の良い音を響かせる。  夜闇(よやみ)を吹き飛ばすような灯りの中、武骨(ぶこつ)な装備を身にまとう傭兵(ようへい)達は、いつものように野太い笑い声を方々(ほうぼう)へ飛ばしながら、暖色(だんしょく)に包まれた酒場を一層華やかに(いろど)っていた。 「さて、今回の討伐(とうばつ)依頼(いらい)はどうだったんだ?」 「へへ、前哨戦(ぜんしょうせん)としてはボチボチさ。しかしどいつもこいつもてんで手応(てごた)えがありやがらねえ」 「俺ァ今日大物を仕留めたぜぇ。森の奥に逃げ隠れてやがった魔樹(まじゅ)の群れを焼き尽くしてやったのさァ……一緒に来てた傭兵(バカ)共もうっかり焼き殺しちまったがなァ!」 「だははは! ンだよ、例の作戦ホントに実行しちまったのか! イカれてんなテメーも」 「大丈夫だァよ、傭兵やってる奴なんてのはみんな身寄りのねえはぐれモンだ、七、八人消えたとこで誰も気にしやしねぇ! 興奮したんだよ……最近の依頼はもう残飯(ざんぱん)処理(しょり)みてぇだったからよォ」 「依頼自体も少なくなってきたよな。いいことではあるんだろうが」 「よくねぇよ商売あがったりだぜぇこちとら」 「ゼヒ魔物共を駆逐(くちく)し尽くしても俺らを養ってもらいてぇもんだぜ、戦えもしねえ一般人共にはよ」 「その通りだッ! 誰が魔物の巣窟(そうくつ)に囲まれたこんな国を守ってやってるか! 俺達だ!!」 「そうだそうだ!」  酒に呑まれた傭兵たちが(つば)を飛ばしながら口々に言い放つ。 「このベステアを守ってるのは、インチキくせえテネディア教でも教会騎士(きょうかいきし)の奴らでもねぇ! 俺達傭兵だ!」 「ヒューッ」「もっと言えもっと言え!」「くたばれ教会騎士共!」 「ま、明日で全員廃業(はいぎょう)かもしれねぇけどな!」 「ははは! ()げえねぇ――――」  ガダン、と。  一際大きな陶器(とうき)の音が、その喧騒(けんそう)を一瞬無音にする。 「はい、いつものお待ち」 「ありがとう」  それはとあるテーブルに置かれた大皿の音。  そこにあるのは、うず高く積まれた茶色い肉の山。  席に腰かけているのは、たった一人の小柄な少年。 「…………」  少年は運ばれてきた料理にすぐには手を出さず、両手の親指以外の指先を胸元に当てる。  指先は古ぼけた木彫(きぼ)りの紋章(もんしょう)()えられていた。 目を伏せた中性的な顔立ちの人物を大きな翼で包み込んでいる、慈愛(じあい)に満ちた表情の女性が()られた小さなネックレス。  想いを込めるように目を閉じ、少年はしばらく動かなかった。 やがて紋章から手を離すと、塩で単純に味付けされた一口大の肉の山にナイフを突き立て、少年は数枚を一気に口へ放り込み、咀嚼(そしゃく)し始めた。 『………………』  傭兵たちは(そろ)って不愉快(ふゆかい)そうな顔をし、肉を()み続ける少年を(にら)む。  腕っぷしの強い傭兵家業(ようへいかぎょう)が戦果と料理、美酒に騒ぐ酒場において、その少年の存在は明らかに「異質」だった。  少年がかぶるボロボロでぶかぶかの中折(なかお)帽子(ぼうし)の下へと、次々に消えていく肉。  着古された茶色の外套(マント)を、体を埋もれさせるようにして身に付けているため、遠目からは茶色の物体が(うごめ)いているだけにしか見えない。  それでも傭兵たちは一人残らず、彼という存在を認識し、()み嫌っていた。 「チッ……相変わらず気味の悪いガキだぜ」 「()せぇ……体臭がここまで(ただよ)ってきてるぜぇ!」  聞こえるように放たれた悪口(あっこう)にも、少年は微動(びどう)だにしない。  ただただ粘性(ねんせい)のある音を鳴らしながら、肉を見つめて咀嚼を繰り返すだけである。  傭兵たちはますます眉間(みけん)のシワを深くした。 「オイ……テメーに言ってんだよこのザコッ!!」  酒が少年に降りかかり。  ジョッキが肉の山を打ち、床に散乱させる。 「ははは! いいぞいいぞ!」「ナイスショット!」  傭兵たちの笑い声。 中折れ帽子のつばから酒を(したた)らせながら、それでも少年は彼らの方を見ようともしない。 ジョッキを投げた傭兵が席から立ち上がって少年へ近寄り、床に落ちた肉を踏みにじった。 「今日も女待ち(・・・)か? ()せー体でご苦労なこったなマセガキ。もしやと思ってたがテメー、あの女に体臭かがせて興奮してんのか?」 「……女待ちはお前らの方だろ」 「分かってねえな、これだからガキは。俺らは治療待ち(・・・・)なんだよ、ロクに戦いもしねえテメーと違ってちゃんと仕事してるからな」 「僕だって仕事してる」 「傭兵の仕事は戦うことだぜ。お前がやってんのは雑用ばっかじゃねーか」 「小型の魔物に苦しむ人だっている」 「オウそうさ、だからとっとと消え失せろ。ここは大型の魔物(まもの)魔族(まぞく)を狩る傭兵御用達(ごようたし)の酒場だ。害虫駆除がしてぇなら別の仕事に()け」 「小型を狩る傭兵がいたって……」  大皿が割れる。  肉が一枚残らず床に散乱し、倒れたテーブルの下敷(したじ)きになる。  最近恒例(・・)のこととなったその光景に、傭兵たちは大声で笑った。 「おっと()りい、足が(すべ)っちまった」 「……なんでだ。なんでこんなことするんだ。いつもいつも」 「は? オメーが()せーから。(きた)ねーから。小型ばっか狩りやがって大物を狩る俺ら傭兵のブランドを落とすから。あと臭せーから」 「……ッッ、」 「お? なんだやる気か? そのナリでこの俺と? 殺していいなら遊んでやるぜ?」  装備の隙間(すきま)からこぼれる筋肉を(うな)らせるようにし、傭兵が小柄な少年を見下ろし(すご)む。  負けじと少年も彼を(にら)み返し、一触即発(いっしょくそくはつ)かと思われたが――――その空気を変えたのは鳴り響く少年の腹の音だった。  酒場を()らさんばかりの嘲笑(ちょうしょう)が空間に満ちる。  少年は奥歯(おくば)()みしめて顔を()せ、外套(マント)の下で服を握り締める。 「悪いなぁ、その日の稼ぎは全部メシに消える生活してんだったか? 少しはその食い意地改めろっつー、お前の大好きな女神テネディア様からのお達しだろうよ! 毎度バケモンみたいに食いやがって!」  止まない笑声(しょうせい)。  少年は足元の肉を見つめたまま、固まって動かなくなってしまった。 「しかもさー、みんな知ってる? 俺こないだあいつを見かけたんだけどさ、」  別のテーブルからも傭兵が立ち上がり、少年へ向けあごをしゃくる。 「どこで見かけたと思う?――――なんと『最終(さいしゅう)攻略戦(こうりゃくせん)』の説明会場だったんだぜ!?」 「さ――最終攻略戦?? え、何だお前、え??? 参戦するのか? 攻略戦に? 小型しか狩ったことがねえお前が??????」  (あざけ)り笑いがいよいよもって大きくなる。 「――――っっはははははは!!! こりゃ傑作(けっさく)だなオォイ!! なんでテメーみたいな小便(しょんべん)ガキが魔族(まぞく)共との戦いで役に立てると思ったんだ? そんなことも分からねえのかお前! だははははは!!」 「しかもいいかァ、ザコガキ! 明日の攻略戦は最終(・・)攻略戦なんだ。魔物・魔族の巣窟(そうくつ)になってるギアガロク巨大(きょだい)連山(れんざん)を越えるために、これまで数十年間何遍(なんべん)も繰り返されてきた戦争の、最終局面なんだぜぇ!?」 「魔族共も死に物狂いで抵抗してくるハズだ。大型の魔物、魔族が最前線に出てくる戦いになるのは明白! ……で? そんな場でテメーみてーなザコに何ができる? 邪魔にしかなんねえんだよ!!」 「そうだそうだ!」「実力考えろバーカ!」「んなことしたって誰もお前をホメねーぞ!」「そのオモチャみてーな剣で何ができるってんだ!」  少年が腰に()げた、所々欠けている鈍色(にびいろ)(さや)と、それに収まる色あせた(つか)を持つみすぼらしい(つるぎ)を指し、笑い転げる傭兵(ようへい)たち。  傭兵たちが腰で光らせる商売道具(ぶき)に比べ、少年の剣は明らかに(なまくら)の気配を(ただよ)わせていた。 「……うるさい」 「あ?」 「僕だってこの国――ベステアのことを大事に思う人間の一人なんだっ。そうテネディアに誓ったんだっ! 国の大事に立ち上がらなくて、何がテネディア教の――」 「テネディアテネディアやかましいんだよ異教徒(・・・)のボクちゃんよ!」 「い――異教徒(いきょうと)?」 「そうさ――この神聖な(・・・)場所に、」 傭兵が少年の首元のネックレスを(つか)み、 「俗物(・・)を持ち込んでんじゃねえ、ってことだよ!!」 「や――やめろッ!!!」  少年の首から、テネディアの紋章が引き千切られ。  傭兵はそれを、やすやすと握り潰した。 「あ――――」 「おやおや。今度は手が(すべ)っちまった」 「ああああああああああっっっ!!!?」  パラパラと床に散乱する紋章の破片(はへん)。  少年は悲痛な叫び声を上げ、肉の油と靴の汚れに塗れた床で砕かれた破片を拾い集める。  背後には次から次へと嘲笑(ちょうしょう)が突き刺さった。 「だははは――もはや狂信者(きょうしんしゃ)だなそこまでいくと! そんだけ信心深いなら傭兵(ようへい)なんぞとっとと廃業(はいぎょう)して、本格的に信者でもやった方がよっぽどおナカマとヌクヌク過ごせるだろうぜ――身の程を知るんだな孤児(みなしご)クンよ」 「――う――うぅぅぅぅぅっ」 「あ?」  (のど)唾液(だえき)を弾けさせるような音に、傭兵が少年を再度見下ろす。  そこには震える両手で紋章の破片を抱え、中折(なかお)帽子(ぼうし)の向こうから殺意を(たた)えた目を見開いて傭兵を見る少年の姿。 「――いいぜ? テメーがここから消えてくれるなら、殺すってのも手段の内だ」 「ああぁぁァァ……!!!!」  少年の口から息と共に怒声。  わずかに見える伸び放題の髪の毛をざわつかせ、彼が(かが)んだ姿勢から傭兵の喉元(のどもと)に飛び掛かろうとしたとき、 「こんばんはっ!」  その女神(・・)は、現れた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加