第3話 最終攻略戦

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 翌日、明朝。  まだ夜の寒さが抜けきらない朝もやの中、岩壁(がんぺき)のように屹立(きつりつ)する荒々しい(くだ)りの山腹道(さんぷくどう)に、これまた無数の荒い足音が響く。  ギアガロク巨大連山(きょだいれんざん)。  人間達の国ベステアを取り囲むようにして存在するその峰々(みねみね)は、数十年前まで魔物(まもの)達の巣窟(そうくつ)であり、登り(・・)はともかく下り(・・)の道に人間が足を踏み入れることなど、多くの人々が想像だにしていなかった。  それほどに絶望的な数の魔物・魔族が生息した巨大連山を、数十年の年月をかけて攻略し続けた教会騎士団(きょうかいきしだん)。  その中心人物がテネディア教の教皇、そして教会騎士団長ヒディルである。  彼らの「功績」は、ギアガロク後半の道を歩く傭兵(ようへい)らの目にも無数に飛び込んでくる。  道なき道に整えられた橋。  危険な道を避ける()(みち)。  敵の接近を知らせる魔術網(まじゅつもう)。  進軍不可能な二点に敷設(ふせつ)された、瞬間移動を可能とする転移魔法陣(てんいまほうじん)。  これらは全て、教会騎士団が命がけで整えてきた道であり――この場所が人間の領土となった証でもある。  少年傭兵ファナもそうした道を、武骨(ぶこつ)な鎧に身を包んだ屈強(くっきょう)な傭兵達の中、埋もれるようにして進んでいた。  傭兵達の前後は華美(かび)な装飾の無い、しかし機動性(きどうせい)にも(すぐ)れた鉄の鎧と、顔がすっかり隠れる鉄の(かぶと)を身にまとった教会騎士団が、白い外套(マント)を揺らして進む。彼らは傭兵と違い、数多くの武具や食料、治療具や野営装備など――軍需物資(ぐんじゅぶっし)全般(ぜんぱん)を輸送しながらの行軍だ。見方によっては過剰(かじょう)と言えるまでに道が整えられているのも、これら軍需品を一度に大量に輸送するためである。  しかし、それも兵站基地(へいたんきち)――戦地の後方に展開される拠点(きょてん)敷設地(ふせつち)までの話だ。  そこから先の道。  ファナは、そこかしこから「地獄」の残り()()ぎ取った。  兵站基地より先の道には仮設(かせつ)の休息所が設けられているのみで、地均(じなら)しも転移魔法陣の敷設も進んでおらず――折れささくれた大木やえぐり取られた地面、砕かれた白骨などが散乱していた。  何故ならそこが、つい一年前――第十四次攻略戦にて、教会騎士団がやっとの思いで魔族から攻め取った地だからである。  つまり渇き切ってはいるが――騎士達にとっては、仲間達の血と肉が染みこんだ重みを感じられる地。  故に、騎士達の士気は傭兵らより(はる)かに高く、そして()()まされていた。  やがて、戦場は現れた。  山にⅤ字の切れ込みが入ったように切り立った尾根(おね)を越えた先に見えたのは、見上げきれないほど高く急な尾根に囲われるようにして存在する、広く浅い巨大な渓谷(けいこく)。  岩盤(がんばん)の上に未だ溶けずに残る雪がファナの足元を()らしており、足場は万全とは言い(がた)い。  そんな渓谷の果て――――きっとギアガロク巨大連山を抜ける(ふもと)へと、ベステアの希望へと(つな)がる入り口への途上(とじょう)に、その闇は存在した。  距離にして一、二キロほど先に存在する、(ふもと)への道を(ふさ)ぐようにして立つ(いびつ)巨岩(きょがん)。 (……あれが防衛柵(ぼうえいさく)の役割を果たすという(わけ)か)  千里眼(せんりがん)の魔法で巨岩周辺を確認したヒディルは、岩の手前に群生(ぐんせい)する(むらさき)の枯れた大木をそう見て取る。 (空中には、巨岩を取り巻くようにして旋回(せんかい)する怪鳥系の魔物の群れ。そして視認は出来ないが、恐らくあの岩城(いわじろ)を囲うようにして物理(ぶつり)魔法障壁(まほうしょうへき)が展開されている。空の防備も万全だろうな……しかし)  ヒディルは、改めて目をその巨岩へ向ける。 (デカい……あれは岩というよりも、地面に山塊(さんかい)をそのまま突き刺した、とでも言うべきか。それをそのまま城に改造してしまうとは……その技術力を警戒すべきか、はたまた余力の無さと見るべきか。まあいずれにせよ、あの大きさなら、中には……)  雷鳴。 『!!』  ――――(いな)。  雷鳴のように聞こえたそれは、きっと敵襲(・・)を知らせる陣鐘(じんがね)のようなものであったのだろう。  山塊を魔改造(まかいぞう)した岩の要塞(ようさい)()く、無数の大小様々な穴。  そこから、まるで攻撃態勢を()った(はち)の群れのように、肌色を持たない人型(ひとがた)の魔――魔族(まぞく)が次々と姿を現したのである。  身構える騎士達に対し、ここで興奮の上擦(うわず)りをあげたのは傭兵達だった。 「おいおい……久しく見なかった腰抜けコボルト(ワン公)族長(・・)がいやがるぜ!」 「こんな奥地まで引っ込んでいやがったか!」 「見ろ! (オーガ)の奴らもあんなに生き残ってやがる!」 「顔も声もうるせェ奴らがよくあんな廃墟(はいきょ)みてーなところに(ひそ)んでられたもんだ……!」 「他にもいるぜ――低級悪魔族(レッサーデーモン)にアンデッド共、トロールに吸血鬼(きゅうけつき)までッ……!!」 「魔族共が勢揃いだッ」 「宝の山だぜええぇッッ!!!」  傭兵(ようへい)達が口々に()える。  その汚い歓喜に顔を(ゆが)めるエクターだったが――しかし、彼らの高揚も当然だ。  傭兵達は騎士達と違い、戦果(せんか)に応じた報酬が約束されている。  特に魔物(まもの)と異なり、比較的(ひかくてき)高い知能と知性を備えた者達――魔族(まぞく)の長、「族長(ぞくちょう)」と呼ばれる個体を()ち取れば、数年は遊んで暮らせるほどの金を得られるのである。 「陣を()け!」  口元に展開した魔法陣(まほうじん)で拡大されたヒディルの声が戦場に響き渡る。  呼応し、(かぶと)をしていない騎士団の各部隊長(ぶたいちょう)陣立(じんだ)てを指示。  陣への攻撃を防ぐ障壁(しょうへき)展開(てんかい)教会魔術師(きょうかいまじゅつし)隊の詠唱装填(えいしょうそうてん)、後方での治癒術師(ちゆじゅつし)隊の展開――――と、(まばた)きの内に陣容(じんよう)が整えられていく。  そんな、誰しもが与えられた役割に奔走(ほんそう)する中――――微動(びどう)だにせず敵を見据える長身痩躯(ちょうしんそうく)が、ただ一人。 「……動かないねぇ。さすがナンバーツーってところか」  皮肉っぽくそう言う傭兵の目に映るのは、教会騎士団副団長エクター。  彼は部下を率いることも無く、文字通りたった一人で戦場を見つめ、魔族をけん制し続ける。 「けっ……どうせあの野郎は今回も独立遊軍(どくりつゆうぐん)なんだろうよ」 「『たった一人の独立遊()』――――ここ四年、ベステアに破竹(はちく)の勢いで勝利をもたらし続けた『聖剣(せいけん)』を、今日はしっかり(おが)ませてもらおうじゃねーか」 「面白くない見世物(みせもの)だな」 「全くだぜ。だから精々……俺達にウサ晴らしさせてくれよ。ボク」  エクターに向いていた傭兵達の憎しみと羨望(せんぼう)の眼差しが、彼らの隣にいるファナへ向く蔑視(べっし)に変わる。  しかしファナは、まるで聞こえないかのように無反応なまま――――目を見開き、悲痛な顔で敵陣を見つめるのみ。  すっかり戦場に呑まれている――そう判断した傭兵は、無視の腹いせも()ねて背の低いファナの爪先(つまさき)誤って(・・・)()み折ってやろうと足を振り上げ――――ようやく、少年が何に釘付(くぎづ)けになっていたかを知った。  遠くから聞こえる甲高い声。  ざわり、と(うごめ)く敵の群れ。  傭兵が千里眼(せんりがん)で目を()らしたその先で――――最底辺の魔族が、あふれ出るように姿を見せ始めていたのである。 『……あ?』  遠く岩城(いわじろ)の穴という穴から現れた新たな敵影。  (とが)った耳。  毛髪の少ない頭。  曲がった腰に低い背丈(せたけ)。  手と同じくらいの大きさの目。  (いびつ)鷲鼻(わしばな)。  人の親指の爪ほどの大きさの歯から、唾液(だえき)の糸を(したた)らせながら――――一匹一匹が(のど)を鳴らして声を張り上げる。 「………………ゴブリン?」  一瞬、静まり返る傭兵達。  しかしやがて、彼らはファナが思わず我に返るほどに――鼓膜(こまく)が割れんばかりの、ゴブリン達にも負けない哄笑(こうしょう)を吐き出した。 「この()に及んでまだゴブリンかよ?!?!」 「あんな数生き残ってたのか! とっくに絶滅したと思ってたぜ!」 「ここ数年姿も見なかったってのによぉ!」 「テメーらなんぞいくら倒してもメシにありつけねーってんだ!」 「必死だなァ魔族の奴らも!! 人手不足でカワイソーなこった!!」 「相手を()めてかかるな! この戦いは奴らにとって背水(はいすい)の陣――」 「何だよ、もしかして数にビビってんのか腰抜け副団長さん! 俺らは族長級(ぞくちょうきゅう)を殺す覚悟で来てんだぜ? 拍子抜(ひょうしぬ)けもいい所だっつーの! なァみんな!!?」  ここぞとばかりにエクターへ汚い言葉と戦意を投げつける傭兵達。  「馬鹿共が」とつぶやかれたエクターの毒は、彼らの耳にもはや届かず。 『無駄口だぞ、エクター。戦場でいらぬ感情を(たかぶ)らせるな』  通信魔法――かなめの御声(ネベンス・ポート)で繋がっていたヒディルのみに届いた。 「……すみません」 『お前の唯一の欠点だな。どうも潔癖(けっぺき)でイカン』 「しかし……!」 『持たない訳ではないんだぞ、私も。お前と同じ思いを』 「でしたら!」 『だがなエクター。彼らの思惑がどうであれ、この戦いの勝利には彼らと我々との共闘が不可欠だ。それを忘れるな――魔族共(やつら)のこの戦いに()ける思いを知る正規軍(われわれ)だからこそだ』 「――――はい」 「敵来ます!」 『!!!』  ヒディル、エクターがお互いの通信を瞬時に打ち切り、意識を前方へと集中させる。  同時に空気を震わせ聞こえてくる高くザラザラとした(とき)の声。  圧となって押し寄せる空気を作り出すのは――雄叫(おたけ)びを上げ、人間達の陣へと猛進してくるゴブリンの群れ。彼らはめいめいに粗雑な剣、(つち)(かま)(ある)いは無手(むて)を振りかざし――ただひたすらに戦場を迫り来ていた。 「雑兵(ぞうひょう)で小手調べってところか――舐められたモンだぜぇェッッ!!!」 「肩慣らしだ、やっちまうぞォォ!!!」  おおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉ!!!!!!!!  地を揺らす(とき)。  傭兵達はゴブリンの群れを圧倒する戦意に満ちた声を張り上げ、我先にと戦場に突っ込み始めた。 「なっ……待て!! 誰がお前達に突撃を指示した!?」 「誰がお前らの指揮下(しきか)に入るっ()った!!?」  騎士団部隊長の制止にも耳を貸さず、次々に地を揺らし駆けていく傭兵達。  その光景に苛立(いらだ)ちを覚えながらも、エクターの目は――全く違う方向を(とら)えていた。 「……ヒディル様。聞こえますか」 『傭兵達は勝手に動き出した、第二陣形を組め! 魔術師隊()(かた)用意!――聞こえている。そして見えている(・・・・・)』 「そうでしょうね……あまりに異様過ぎる。あのゴブリン共が陣形を組んで(・・・・・・)います。ただ本能のみに従うあいつらに、過去そんな知恵は無かったはずです。それに、あの個体数も……」 『繁殖周期(はんしょくしゅうき)一ヶ月……魔族一の繁殖力(はんしょくりょく)面目躍如(めんもくやくじょ)といったところか。この数年、ただひたすらに力を(たくわ)えていたという所か』 「……そんな理知的な行動を、既に族長を失っているゴブリンという(しゅ)が起こせるはずがありません」 『族長はお前が仕留めたのだったな。三年前、第十一次攻略戦で』 「はい。つまり今の奴らは、わずかに残っていた統率力(とうそつりょく)さえも失った残党(ざんとう)でしかない……はずです。それが本能である動物的振る舞いを(おさ)え、繁殖(はんしょく)だけに(てっ)するなど……不自然です」 『……ゴブリンは知能が低い。たとえ魔族の間であっても上下関係を理解することなどできん。となれば可能性は――』 「――――生きているかもしれない」  エクターが、知らず拳を握り締める。 「あの、『副族長(ふくぞくちょう)』と目された二体のゴブリンが……!!」 ◆     ◆  戦場の中ほどで、ゴブリンと傭兵の群れは激突した。 「そらそらそらァァァッ!!!」  巨大な斧槍(ハルバード)を振り回す筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)巨漢(きょかん)が先陣を切り、自分の半分以下の背丈しかないゴブリンを両断。魔力で切れ味を強化された斧槍(ハルバード)はまるで稲穂(いなほ)を狩るようにゴブリンを(ただ)の肉片と化させていく。 「!…………?」  共にわずかに進軍していたファナは、舞い上がるゴブリンの血と肉片を見上げ――――そしてその場に立ち止まった。  斧槍(ハルバード)の傭兵の周囲でも、傭兵達はそれぞれ得意の武器でゴブリンを圧倒。  瞬く間に戦場中間(なかあい)は、傭兵達による戦果の奪い合いの場へと変わっていた。 「思った通りだ、物の数にも入らねえぜ!」 「新兵器でも()()げてきてるかと思ったらよォ!」 「学ばねえ奴らだ!」 「ゴブリンにンな知能はねーよ!」 「とっとと蹴散(けち)らして進むぜ! 俺らの狙いは――奥でふんぞり返ってる上級魔族共だァッッ!!」  ゴブリンの群れを突き破るようにして、傭兵達の隊列は自然、(たて)に細長く展開されていく。  左右に逃れたゴブリンの群れなどお構いなしに、傭兵達は突き進む。  故に気付かない。  何処(いずこ)からか放たれた際立って大きな咆哮(ほうこう)の意味に。 「!!」 「――この魔波(まは)は――」  ヒディルとエクターは咆哮と共に、声の主の魔力の波動――魔波を感じ取る。  しかしそんな魔波への衝撃は、 「――攻撃停止だッ!!!」  戦場中央で突如(とつじょ)立ち(のぼ)った、濃密な魔破の圧に吹き飛ばされた。 「――あ? (なん)――」  斧槍(ハルバード)の傭兵が、体中に飛び散ったゴブリンの返り血がオレンジ色に発光するのを見て立ち止まる。  そして傭兵達の進軍は、 「お、おい。なんか、ゴブリン共の死体が光り――」  空へと伸びた無数の爆炎に、(はば)まれた。 「――各部隊、及び後送(こうそう)部隊出陣準備ッ!!」  かなめの御声(ネベンス・ポート)を用い、ヒディルが叫ぶ。 「戦闘不能に(おちい)った傭兵と接触、転移魔石(てんいませき)にて野外(やがい)治療房(ちりょうぼう)後送(こうそう)! 一人でも多くの者達を救出するんだ!」 『了解!!』 「各部隊は後送部隊を護衛(ごえい)しつつ進軍、及び敵が使用した魔術(・・)痕跡(こんせき)伝令(でんれい)(たく)し持ち帰らせよ! 一刻も早く効果的対処法(たいしょほう)を見つけるんだ!」 『了解!!』  通信を終えたヒディルの周りがにわかに騒がしくなる。  騎士たちは各所で大声を飛ばしながら、早々と出撃準備を整えていく。  その(かん)にも次々と、戦場にはオレンジの爆炎が立ち昇っていた。  ヒディルは一人、爆心地に目を()らし――千里眼を走らせる。 (他の魔族によって、爆弾や爆破する魔術が投げ込まれている様子はない。無論ゴブリンに自爆能力など無いし、自爆する魔術を使える知能も無い。とすれば地雷か――)  そしてその目は間もなく(とら)える。  傭兵達に群がるゴブリン達がその体をオレンジ色に明滅、体を(いびつ)膨張(ぼうちょう)させ――爆発(ばくはつ)、傭兵諸共に自爆していく姿を。  ――ヒディルは。  ファナは、苦い顔で奥歯を()み締めた。 「……起爆させているのか……同族(・・)を……!!!」 「……やはり生きていたか、副族長共……!!」  爆炎立ち昇る戦場へ一人(ひとり)(かぜ)のように駆けながら、エクターは強い瞳を光らせる。  彼らが、ゴブリンたちの自爆前に聞いた咆哮、感じた魔波。  それは(まぎ)れも無く――四年前、騎士たちが相対したゴブリン族の副族長と目されたゴブリンの個体のものだったのだ。 「逃がさん……今度こそ……!!」  満ち満ちた魔力が魔波となり、疾走(しっそう)するエクターの気迫(きはく)が周囲に可視化(かしか)する。  その顔に知らず笑みが浮かんでいたことは、彼自身でさえ気付いていなかった。
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