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「障壁だッ、障壁を展開しろ!!」
「なっ……何言ってんだ、オイ。み、耳が、よく聞こえね――」
物理・魔法障壁を展開する間も無く、零距離での爆発を受けた傭兵の一団は――見るも無残に瓦解していた。
巨漢の傭兵は閉じた目元から大量の血を流し、斧槍をまるでお守りか何かのように握り締めている。近距離での爆音に両鼓膜を破壊され、腐れ縁の商売敵の言葉を聴き取ることさえ叶わない。
そんな巨漢の周囲から――実に十数体ものゴブリンが石の剣を突き立てる。
「ッッ!! っわ、ぁ――――て、てめえらっ」
無論、そんな刃は通らない。
歴戦で鍛え上げられ、更に魔力で強化された肉体に――故に耳、そして目だけを傭兵は潰された――ゴブリンの攻撃など通じない。
しかし、それが遥かに威力の高い爆弾なら。
しかもそれをほぼ零距離で、矢継ぎ早に十数発浴びせられたなら――――
「し、障壁っ――障壁ッッ」
動転し、敵との距離さえまともに測れないまま、巨漢が物理障壁を展開する。
その中に、大量の出血したゴブリンを抱え込んだまま。
「ば――馬鹿野郎ッ!!」
「――へ?」
魔破。発光――――――そして爆散。
巨漢の展開した物理障壁内は、一瞬にして大爆炎に包まれ――――中身は肉片となり果てた。
「ちっ……ちくしょおおおおぉぉぉぉっっ」
「よ、寄るな寄るなッ!!」
「う、嘘よ、ゴブリン相手に攻撃も出来ないなんてッ……!」
「退がれッ!! 大きく距離をとるんだッ、傭兵達よ!!」
『!!』
後方から飛んでくる声。
それは一足飛びに最前線へ馳せ参じた教会騎士団。
傭兵達は我先にと敵に背を向け退却を始め――騎士たちをすれ違う。
「――距離十分です! 団長!」
「――魔術師隊――第一弾撃てッッ!!」
轟音、熱波。
ヒディルの声と共に傭兵の、騎士の頭上を赤く小さな光がいくつも走り――ゴブリンの群れへ次々着弾、球形の大爆炎が壁のように連なり屹立する。
爆炎の弾幕は無数の「ゴブリン爆弾」を誘爆させ、弾幕の付近で次々弾け飛んでいく。
「こちら第二隊五班! 爆破効いてます! ゴブリンを誘爆させることができてます!」
『こちら第四隊二班! ゴブリンの自爆を防げるのは物理障壁! 魔法障壁は効果ありません!』
『第四隊四班、負傷傭兵多数! 応援願います!』
「各部隊長は任意に展開、まずはゴブリン共を掃討せよ! 敵後陣に動きがあれば追って伝えさせる!――――私も出る。後を続け!」
「はっ!」
「ちょ――ちょっと待ってくださいヒディル様! 総大将である貴方が――」
「いいんだよ新米。団長はアレで」
「よ、よろしいんですか隊長!」
「まあ――団長の実力を間近で見てないんじゃ、そう心配するのも無理はないがな」
「ヒディル様の……実力?」
第七隊部隊長は慌てる新兵をなだめ、もう小さくなっているヒディルの白いマントを見つめて笑う。
「何故ベステアが、この数十年でギアガロク巨大連山を制覇寸前まで攻略できたか――それはな、他ならぬヒディル騎士団長その人が……あの『聖剣』使い、エクター副団長をも超えた無双の強さを持っているからなのさ」
◆ ◆
切っ先だけがわずかに刺さり、極彩色の怪鳥が金切り声をあげて頭を振り回す。
ファナは剣と共に振り回され、地上に投げ落とされた。
「ふっ、ふっ……ふ、あっ……!!!」
足がすくむ。息が上がる。
再び体勢を整え、その鋭い眼光でファナを見下ろしてきた怪鳥に、少年の心はすっかり怯え切ってしまっているのだ。
これまで、自分より遥かに小さい害獣の駆除しか請け負ってこなかったのだから当然である。
「っ……!!」
だがそれでも、撤退だけは。
おめおめと逃げ帰ることだけは――この戦いに限り、ファナにはできない相談だった。
怪鳥の、虹色の羽毛が生え散らかした頭が急に視界の端へ流れる。
それに目を奪われたときには――ファナは、怪鳥の尾によるなぎ払いをモロに受け、乱回転しながら地を吹き飛んでいた。
「あぁ゛ぐッ――――!!」
固い地面に皮膚が削られ、あちらこちらから出血する。
痛みから剣を取り落とし、くすんだ鉄剣は最早どこに落としたのかさえ分からない。
己の情けなさに、地を叩き付けるつもりで放った拳も――音一つ漏らさず、ただ岩盤の硬さと鋭さに負け、痛みを返してくるばかりだった。
それもまた当然。
彼は、人間が魔族・魔物と戦う際には必須であるといわれる基本魔法――身体強化術、英雄の鎧さえ発動させていないからだ。
傭兵として基本となる能力を持ちあわせていない――彼が爪弾きにされる所以の最たるものがそれだ。
それを承知の上で――それでも彼は、この戦場にだけは参じなければならなかった。
「っ――」
眼前に羽が舞い込む。
地に映る影が濃くなる。
その意味を悟ったファナはなんとか地の上で身を翻すも――既に怪鳥の大きく開かれたくちばしは、ファナの眼前まで迫っており。
少年は、まるごとその口に飲み込まれた。
のど袋を持った怪鳥が水をあおるように頭を上に傾け、少年を飲み込む――
――ボン、と。
怪鳥ののど袋が、球形に膨らみ。
次の瞬間――怪鳥だった魔物は、胴体からバラバラに吹き飛んだ。
「ごほっ……ご、ごほっ……」
千切れ落ちた怪鳥の頭から――ひび割れた球形の障壁に包まれ、ほうほうのていで這い出てくるファナ。
怪鳥の喉奥に投げ込まれた爆弾魔石の威力を受け切った護符はその役目を終え、障壁を消して破れ落ちた。
「はぁ――はぁ、は……っ!?」
鼻をひくつかせ、息も絶え絶えな少年が振り返る。
怪鳥とファナの血の匂いを嗅ぎつけたか――振り返った先には、まさにファナへと飛び掛かれる距離まで接近していたゴブリンらの姿。
しかし、魔なる一族は――――ファナと目を合わせるなり、得物を振り上げたまま制止した。
『――――――――――』
方々から聞こえる爆発音や魔法の飛び交う音が気にならない程の、重い沈黙。
表情一つ変えず、ただ鷲鼻をぴくぴくと蠢かせてファナを見つめる数体のゴブリン達。
ファナは悲痛な表情で硬直していたが――やがてそれを振り切って腰に手を遣り、腰から柄に小さく赤い宝石のはまったナイフを引き抜いて構え、左手は同じく腰に下がる青白く発光する魔石に沿えた。
「――――――……」
「……頼むよ、」
しかし、それでもゴブリン達は彼に襲い掛かろうとしない。
邪悪な、しかし不思議そうな顔で武器を振り上げたまま、不規則に鼻をひくつかせるのみである。
その状況に耐えられず、言葉を漏らしたのはファナの方だった。
「頼むから、僕を襲ってよ……襲えないなら帰れよ……っ!」
――――目を凝らすゴブリン。
「せめて早々にテネディアに抱かれよ。悪鬼共」
彼の額から「聖剣」が突き出でたのは、その時だった。
「!!!」
剣と認識するのに数秒を要した程の輝きを放つ宝剣。
ファナがそれを辛うじて宝剣と認められたのは、前のめりに斃れたゴブリンの後頭部から、突き刺さった剣の黄金の柄を視認したからだ。
あふれんばかりにみなぎった剣の魔力が、死んだゴブリンの額からあふれ出る血液を浄化し、出血した端から霧散させていく。必然、爆発は起こらない。
ファナと対峙していたゴブリン、その全てが剣の一突きで絶命していた。
「我が聖剣――『シュヴァリエ』の属性は『光』。貴様等の闇に根差した殺意など、覗かせることさえも許しはせん」
最後の、小柄な中でも一番体格のいいゴブリンが倒れる。
その先に現れたのは、白い鎧に水縹色の外套をはためかせる金の長髪を持つ騎士。
騎士の放った魔術――聖剣シュヴァリエが、魔なる者を残らず討ち果たしたのだ。
「――――ぁ、」
少年は一瞬、そこが戦場であることさえ忘れてその聖なる姿に見惚れる。
間違いなく、彼に差して見える後光。
それは彼が、真に始祖神テネディアの加護を受けるに足る器を備えているからこそのものだと、少年は悟らざるを得ない――そうでなければ、血と泥にまみれる今の自分を肯定できないから。
教会騎士エクター。
少年が、自分もかくありたいと願ってやまない天上の存在――――
「まだ動けるのか、少年」
近付く耳を通り抜ける言葉に、少年は何とかうなずいてみせる。
「ありがとうございます」と、少年はただ一言をなんとか絞り出そうとして、
「なら逃げろ。ゴブリンさえ殺せない者などこの戦場には必要ない。早々に立ち去れ」
己から急速に離れていく光に、突然の無力感を覚えて立ち尽くした。
「…………」
蒸発するような音と共に、眼前のゴブリンの骸が崩れ消えていく。
光の魔力で錬成された聖剣はついに魔なる者の肉体さえ破壊し、消滅させてしまうのである。
光属性の対極に位置する「闇」属性に根差す魔族が強い光にさらされれば、誰しもいずれこうなる運命だ。
「………………」
――崩れ逝く骸を。
自分を見ているように思えた目玉が顔から落ち、やがて消えていくのを、ファナは爪が突き刺さりそうな程拳を握り締め、見送る。
「……殺せない。やっぱり僕に、ゴブリンは………!!!」
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