彼女はもうそこには居なくなつたけれど、いつか花のやうに姿を現すだらう

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 大恐慌の闇。頻発するクーデター。否応無く近づく軍靴の足音。    昭和初期。激動と云うと数年後の大戦の代名詞だが、この時期とて絶望へのが加速した、激動の時代に相違(そうい)ない。    そんな時代の格別に暑かった夏。梅雨()だ明けぬ六月下旬。配属二年目の青年巡査・鏑木(かぶらぎ)隆一(りゅういち)は、勤務のため都下のとある病院を訪れた。 「病院か。彼奴等(きゃつら)に付ける薬など、無いものかな」  不穏な空気感に包まれた帝都・東京。その治安維持を担う警察官とて、憲兵共が我が物顔で市中にしゃしゃり出る昨今、気の休まらない日が続いていた。  鬱蒼(うっそう)とした竹林に佇む瀟洒(しょうしゃ)な建物。ここは終末患者が最期に回される病院で、「送り場」なる異名が(ささや)かれる。今日は旅の一座が慰問に訪れており、隆一の任務は会場の中庭の警備だ。  患者に政府要人関係者が多いのが主因だが、旅芸人を装い騒乱を企てる(やから)の噂もあり、警戒強化のお達しの(もと)での出動であった。
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