ひと夏の思い出 と 一生の思い出【R15】

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私たちは、バーカウンターに並んで座ろうとするけれど、こんなお店に初めて来た私は、この座面の高いスツールにどう座っていいのかも分からない。 ゲームでは、当たり前のように並んで座らせてたけど、こんなところに最初の難関があるとは思わなかった。 バーテンさんに注文を聞かれても、居酒屋メニューにあるビールや酎ハイくらいしか知らない。 どうしよう。 困っていると、社長が答えてくれる。 「実里(みのり)は、甘いのが好きだろ?  何かフルーツ系のあまり強くないのを彼女に、俺はハーパーをロックで」 ゲーム内では、女性は簡単にお酒を飲んで、恋をしてるのに、私はお酒を飲むことすらままならない。 こんなことで、大丈夫なのかな。 不安になりつつも、もうチャンスは今日しかない。 そんなに何回も社長を飲みに連れ出すことなんてできないから。 「で? 実里の相談って何だ?」 社長に切り出されて、困った。 相談の内容を考えてない。 「あの、私、ゲームでは、女性にバーでお酒を飲ませたり、ハイスペックな男性と恋をさせたりしてるのに、自分では、そういうのをしたことがないから、その、リアリティに欠けたりしないのか、不安で……」 私は、まさに今、思ってることを答える。 「ああ! それは大丈夫だよ。  そもそも、実際にそんなことをしてる女性は、そんなゲームをしないから。大体、ああいうのは、代償行為なんだ。恋をしてない女性がしてるんだから、必要なのは、リアリティよりも夢だよ」 そう……かもしれない。 「実里はそのままでいいんだよ」 社長は、くしゃりと私の頭を撫でる。 「けど、実里は、大学生の頃は、恋とかしなかったのか?」 してない。 でも、正直に言ったら、そんなめんどくさい女、たとえ一夜の過ちでも、ひと夏の思い出でも、抱きたいとは思ってくれないだろう。 「内緒です。社長はどうなんですか?」 私は、ごまかして社長に話を振る。 「俺か? 残念ながら、何もないなぁ。オタクのようにゲームを作って、会社を登記してってやってたら、それどころじゃなかったからな。ろくにデートもしてないよ」 うそ…… 「だって、社長、モテるのに……」 ルックスが良くて、学生なのに社長で…… モテないはずがない。 「残念ながら、工学部に女性はほとんどいないし、それに構ってる余裕もなかったしな」 そうなんだ…… 一杯目のカクテルを飲み干した私は、次のお酒を自分で注文する。 「すみません、次は、もう少し強いのを」 「ん? 実里、どうした?  いつも、そんなに飲まないだろ?  何かあったのか?」 社長は、心配そうに私の顔を覗き込む。 「いえ、大人の女性の真似をしてみたくて」 ごまかしつつ、私は出されたカクテルを口にする。 今度もジュースのように甘くて、それほどアルコールが強いようには感じられない。 私は緊張も相まって、いつもより早いペースで飲み続け、気づけば3杯ほど飲んでいた。 「実里、そろそろやめておけ。  すみません、ノンアルコールの飲み物を何か」 社長がそう注文するけれど、そんなことをされたら、酔った勢いっていう手が使えない。 「大丈夫です。まだ、そんなに酔ってません」 そんな私たちを見て、バーテンさんはどうするべきか迷っているような表情を浮かべた。 「それが、酔ってるんだ。もういい。  すみません、さっきのキャンセルで、チェックお願いします」 社長は強引に支払いを済ませてしまい、席を立つ。 「ほら、実里、帰るぞ」 私は、仕方なく背の高いスツールから、足を伸ばしてヒョイと飛び降りた……はずだった。 けれど、うまく立てなくて、そのまま膝から崩れ落ちる。 それを社長が、慌てて抱きとめてくれた。 「ほら見ろ。帰るぞ」
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