小話 『なきたい』

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 えー……毎度、馬鹿馬鹿しいところをひとつ。 「ねぇねぇ、お父ちゃん。相談なんだけど」 「ん? なんでい。何か困った事でもあンのか? 言っとくが算数の宿題は分からんからな」 「……小学3年生の算数で困らないでよ。そうじゃなくて実は僕、学芸会のお芝居に出るんだ。その中で『泣く』シーンがあるんだけど、僕『泣き真似』って上手くないんだよね。それで、何かいい方法は無いかなぁって」 「泣き真似ぇ? 何じゃそりゃ。そんなの何か『かなしい事』とか泣きたくなるような事を想像してみるとかすりゃぁいいじゃねぇか。オレの昼寝を邪魔すんじゃねぇよ」 「分かってないなぁ。その『泣きたくなるような事』ってのが分からないんだよ。何かある?」 「面倒臭いヤツだな。そんなのはカーチャンに聞けよ、カーチャンに!」 「聞いたよ。そしたら『昼寝の邪魔だからお父ちゃんに聞け』って」 「何だよそりゃ! 昼寝のためにオレに押しけるだなんてヒデェやつだな。……あ、オレもそうか」 「で、何かない? 『泣きたくなること』」 「そうだなぁ。子供の事ぁよく分からんがオレだったら例えば『会社が倒産する』とかかな。これは本当に泣きたくなるだろうよ」 「え……それって本当に『泣きたくなる』の?」 「何だよ? そりゃそうだろうが。何を首傾げてんだ」 「んー……だってそうじゃん。お父ちゃん、朝になると『あーあ、会社行きたくねぇなぁ。いっその事、無くなってくれねぇかな』ってボヤてるじゃん。……倒産して欲しいんじゃないの、会社?」 「いや、そーじゃねぇんだがよ……困ったな」
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