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夏休みが始まる頃は、色んなこと、なんだってできるような気がする。
宿題だって早めに終わらせるし、補習にもちゃんと出席するし、文化祭や体育祭の準備もしっかりやる。
進路を決めるためにオープンキャンパスに行く。
友達とお祭りやプールに行ったり、電車で一人旅をするのもいい。
座右の銘とか、人生を変えるレベルの本とか、青い海とか、緑の山とか、未知の何かとの出会いが待っている気がする。
けれど、始まって一日で思うんだ。
そんなの、ただの幻想だって。
実際俺はいつものごとくダラダラしていた。
朝、あまりに暑くて目を覚ます。家でダラダラしていたいけれど冷房代節約と親との衝突がめんどくさくて、予定なんてないのに制服を着て高校へ向かう。
ジリジリとしてきた陽射しを受けながらチャリで進む道。アスファルトの照り返しに目がくらむ。
学校に着くと、とりあえず内申点を稼ぐために補習へ出席する。この出席がどのくらい考慮されるかは知らないけれど。
今日は現代文の補習。安っぽいわら半紙に印刷された入試の問題。細かくてとても読みづらい。何やら論説文のようだが、何を言いたい文なのかさっぱりわからない。何について論じられているかも読み取れない。読んでいるうちに眠くなってきた。気づくと先生の解説が始まっていた。でも相変わらず何語をしゃべっているかもわからないから船をこぎながらまた寝てしまった。そしてチャイムで目が覚める。俺はこの時間、一体何をしていたのだろうか。死なない程度にクーラーの効いた部屋に着席して浅い眠りについただけだった。
校舎中に響く、威勢のいい部活の声。最近は体育祭の応援団の練習まで混じって聞こえてくる。校庭に大きく陣取って、大音量で音楽を流しながら応援の練習をしている。この炎天下にご苦労なこったな、なんて冷めた目をしても、きっと奴らから見たら俺みたいなのは「青春無駄にしてる奴」なんだろうなって思ったり。
ほこりっぽい階段を昇っていく。掃除くらいちゃんとしろよって思う。俺はめんどくさがりだけど、ほこりがあるのは気持ち悪いから掃除はサボらない。けれど、部活やバンドとか、課外活動に熱心な連中は平気で掃除をサボる。この高校はそういう奴が多くて、その点はものすごく汚点だと思う。
階段を昇って最上階。部室についた。ここは、元・教室。少子化で生徒数が減少して余ってしまった教室を無理矢理部室にした。だから、一つの教室を薄い壁で半分に仕切って使っている。
俺たち文芸部は美術部と一緒の教室だ。
既に美術部の連中が教室を使っていたようで部室の中はまあまあ、死なない程度には冷えていた。
文芸部の部室には本棚に過去の部誌がズラリと並んでいる。他は文豪の名作と、部員が持って来たオススメの本が週替わりで並んでいる。
何かを読もうという気には今はなれなかった。
というより、俺は本を読むことがあまり好きではない。小学生の頃はあまりに本を読まないので親から「本を読め!」とうるさく注意された。とか言っている親も別に本を読まないから、その子どもの俺が読まないのも筋が通っていると思う。
周りで人気だった、漫画みたいなイラストがたくさんついたファンタジー小説やミステリー小説も、読む気には到底なれなかった。なんだかイラストで釣ってるみたいな根性が気に食わなかったんだ。かといって文字だらけの本を読む気にもなれなかった。文字の羅列から登場人物の心情や、その背後の風景をイメージすることができないんだ。
じゃあ、なぜ文芸部に入ったのか。
…休み時間や放課後に、いても注意されない居場所が欲しかったからかな…。
教室にはいられない。図書室も自習する生徒が多くて居心地が悪い。食堂は何か買って食べないといけない。なら気楽そうな部活に入って、その部室にたむろするしかなかった。他にこの学校に俺が自由に、タダで出入りできる場所なんてないから。
本に囲まれてぼんやりするだけの時間を俺はこの夏、ひたすら送っている。
他の文芸部の部員は、兼部していたり委員会の仕事をしていたり文化祭の準備で忙しい。
文芸部なんて片手間にやるものって思ってるんだろうな。
そうなると、こんなんでも俺、一番マジメじゃん?
そんなどうでもいいことをひたすら考えている。
ペットボトルのスポーツドリンクを腹の足しにしながら、うたた寝をしたりぼんやりしたりする夏の午後。
夕方になれば家に帰る。
ただ、その繰り返し。
高二の今だからできることなのかな。
一年後の今頃はこんなこと、できてないかな。
将来のことはもちろん、二学期のことすらまともに考えていない夏休み。
窓の外を見ると、恐ろしいくらい青い空が家々の遥か向こうまで続いている。
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