十二時四十分

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    『十二時四十分』 「茂木(モテギ)、お前、今日もえらい豪華な弁当やな」  松前雄一郎は、デスクの上に広げられた茂木の弁当を、その肩越しに繁々と覗き込んだ。  いんげんなど三種の野菜の入った鶏肉巻き、絹さやに型抜きした人参を添えた炊き合わせ、一口サイズの焼き魚。先日は茶巾絞りになっていた米も、今日は小さく俵型に握ってある。それがお重に整然と詰められているさまは、さながらどこぞの料亭の松花風弁当を思わせる。 「だけど、これ、すごいな。本当にお前が作ったんか?」 「そや」 「ほんまもんみたいやで。これ作ろ思たら、毎日どれくらいに起きるんや? 早いんやろ? それに、いくら趣味やといっても、こない立派なもん、そう毎日は作られへんで」 「え、ええから……、松前、顔、近過ぎや。唾が入る」 「そりゃ、えろう悪かったな」  雄一郎からの賛辞にむず痒くなってきたのか、茂木は顔をほんのり赤らめて、身をもぞもぞとさせる。  その照れくささが伝染しそうで、雄一郎も茂木の肩にのしかからせていた体を離す。  すると、茂木は少し残念そうな表情をした。 「せやけど、旨そうや。それに、こないな量、一人では食べきれへんのとちゃうか? 少し分けてくれへんか。俺、こないなん見たら、腹がごっつー減ってんのに気づいてしもたわ」 「………ほ、ほな、食うか? 給湯室で小皿借りてき。一緒に昼ごはんにしよ」  先ほどとは打って変わり、茂木は口元を綻ばせる。  雄一郎はそれに気づかぬフリして、盛大に抱きつく。 「茂木、神様みたいやな。おおきにな」 「わ、分かったから…。早よ取りにいき。あまり時間もあらへんやろ?」  時計の針は十二時四十分を回っている。午前中の会議が長引いて、雄一郎がフロアに戻ってきたのはつい先ほどのことだ。それなのに、茂木の弁当は手つかずのままだった。  茂木がこの時間まで雄一郎を待っていてくれていたことも、趣味だと偽ってこれまでに何度も雄一郎のために弁当を作ってきていることも、本当は雄一郎を誘って一緒に食べたいのにその一言がどうしても言い出せないことも、よく知っている。 「分かった、分かった。ダッシュで行ってくる。茂木かて時間あらへんやろ。俺は残りもんでええから、先に食べ始めとかなあかへんで」 「あ、当たり前や。誰がお前を待つんや」 「せやけど、その旨そうなトリ、一切れくらいはのけといてくれんかな? 俺、茂木のこと、信じてるからな」 「アホ、早よ行け! の、のけといてやるから………」  雄一郎は茂木の尻つぼみに小さくなる声を背に、猛ダッシュで給湯室へと駆け込んだ。 end
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