あの夏に、置き去り

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「やっくん、海についたらまさみと浮輪で波乗りしない?」  シートベルトを締めるのもそこそこに妹の雅美(まさみ)が、弟の泰斗(やすと)に持ちかける声は弾んでいた。 「いいよ! まさちゃん、なみのりってどうやるの?」 「去年もやったじゃん。やっくん覚えてないのー?」  普段なら「まさみはやっくんのお姉ちゃんなんだから、ちゃんと『まさ姉ちゃん』って呼んでよねー!」などと文句を言うのに、それさえ忘れて、助手席で音楽プレーヤーを(いじ)るわたしに大声で報告してくる。 「お姉ちゃーん、やっくん去年の海のこと忘れたってー」  四歳の泰斗にとって、一年前の記憶を保っていられないのは仕方がないことだろう。  頬を膨らませている雅美だって今年やっと小学校に入ったところで、ついこの間まで「なにそれ、いつの話? まさみ知らないよー!」などと言ってばっかりだったのだ。  家族の一番最後に後部座席に乗り込んだ母は、膨らんだ手提げかばんをお尻の横にねじ込んだ後、車のドアを閉めた。 「雅美に泰斗、それに郁美(いくみ)もいるわね? うん大丈夫、お父さん車出して」  出発前に、子どもが全員乗っているかを確認する母の習慣は今に始まったことじゃないけれど、つい突っ込まずにはいられない。 「もうお母さん、誰かいなかったらすぐ気付くよ。人間を忘れるなんてありえない」 「あら、大事なものだって忘れるでしょ。現に郁美、この前、隆司(たかし)叔父さんに忘れていかれたじゃない」
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