恋する幽霊バンド

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 未来によるバンド紹介が終わる直前、曲のイントロをスタートさせた。イントロが終わり未来が歌い出すと、歓声は音の洪水となってステージにも襲いかかる。でも未来のボーカルには、おれたちの演奏には、音の洪水を跳ね返すだけのパワーがあった。  歓声はとどまることを知らなかったが、おれもほかの四人もバンドの楽器が奏でる音は絶対に聞き漏らさなかった。四つの楽器の音と未来のボーカルは化学反応を起こしたみたいに乱暴に混ざり合う。混ざり方は乱暴でも結局空の色は青くなる。おれたちに迷いはなかった。勢いのままに一番のサビに突入する。  体育館のそこら中から、うおおっだの、きゃあっだの歓声が響く。教師たちだけが訳も分からず麗子の怪談話に耳を傾けている。当の麗子の体も震えている。一生懸命怪談話をしながらもおれたちの演奏もしっかり聴いているのだ。  ボーカルの未来がワイヤレスマイク片手に狭いステージを駆け回る。キーボードの春はケンカしてるときみたいにキーボードの上を縦横無尽に指が暴れ回る。牡丹はいつも通りの着物姿。二番に入る頃には着物にエレキギターという構図に違和感を感じる者は一人もいなくなっていた。桜子は文字通り無心になってベースを弾いている。いや弾いているというよりベースと一体化したみたいに、まるで桜子自身からベースの音が出てくるような、それは自然な音だった。  二番に入っても誰も遅れないし誰も音を飛ばしたりしない。音が花びらみたいに天から降ってくるみたいに思えた。それは決して完成されてはいないが、どんな完成された音楽よりも尊かった。  おれは思い出していた。おれの下手なピアノに力を与えた魔法のような七海の歌声を。あんな演奏は二度とできないと決めつけて、おれは音楽に対して投げやりになってしまった。ロッカーになるとステージ上ですぐ服を脱いで器材を壊した。おれは七海に謝りたかった。おれは君の分までもっと大切に生きなければいけなかったのに、無駄な二十年を過ごし、挙げ句の果てにわずかな借金のために殺されてしまう羽目になった。  今なら分かる。君が歌の伴奏をおれに頼んだのは自分のためじゃなくて、おれのため――つまりおれにもっともっと魅力ある演奏をしてもらいたかったからだ。それなのにおれは結局ダメ人間になり、君の厚意をすべて無駄にしてしまった――。  「君は十分苦しんだ。もう自分を責めるのはやめて」  ステージの上を知らない誰かが踊っていた。それは十二歳くらいの小さな女の子で、しかも幽霊だった。  「七海か!」  「流星君、行きましょう。君はもうこの世に未練はなくなったよね」  「ああ……」  幽霊だって踊り出すようなすげえ演奏、おれは確かにそれを最後の最後に演奏してみせた。いや、そうじゃない。おれが見たかったのは、おれの演奏に思わず踊り出すくらい喜んでくれる七海の姿だったんだ。  曲が終わり大歓声がふたたびステージに襲いかかる。座ってるやつなんていない。観客は一人残らず何かを叫んでいた。  「ありがとう!」  未来が絶叫したとき、おれの姿はもうステージのどこにもなかったはずだ。        ♪  「すげえステージだった!」  口々にそう言い観衆だった生徒たちが体育館をあとにする。  気がついたらもうそこに立花流星はいなかった。彼は成仏できたのだろうか?  未来たち幽霊四人はまだ舞台袖に残っていた。この四人はどうやったら成仏して私の前から消えてくれるのだろう?  「こんなすげえステージができるなんて思わなかった」  「これ一回やっただけで消えちまうなんて流星は馬鹿だ」  「あと百回はこんなすげえステージをやってやろうぜ」  「絶対に成仏なんてしてやるもんか!」  私はため息をついて四人に声もかけず、いまだ興奮冷めやらぬ観衆たちとともに体育館をあとにした。     【完】
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