恋する幽霊バンド

3/17
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
 部屋の中には四人の若い女がいた。四人とも美女だが、四人とも幽霊、いや悪魔だった。  幽霊には幽霊の姿が見えるらしく、四人はおれの姿を認めるなり、四人がかりでおれをボコボコにして、おれはすでに戦意を失っている。  「おまえ、何しに来た? その顔は痴漢か」  失礼な! どこからどう見てもロッカーの顔だろう? だいたい見た目で痴漢と分かる顔ってどんな顔だ?  「ここに如月組の組長の娘がいると聞いて……」  「いたらなんだというのか?」  「おれは借金が返せなくて如月組の組員に東京湾に沈められたんだ。責任を取ってもらおうと……」  「そんなのはおまえを殺ったやつか、私の父に言え」  「だって怖いし……」  如月の娘が馬鹿にするように笑った。一人だけ着物を着ている。黒地の着物に描かれた大輪の花は牡丹の花だろうか。おれは音楽以外興味ないから花の名前なんて知らない。おれがこの部屋に入ったときキーボードを弾いていたのはこの女だった。椅子やスタンドを使わず畳に座って猫背になって弾いていたが、音はまったくブレても濁ってもいなかった。  それにしてもこの笑顔には見覚えがある。おれを殺したヤクザがおれを殺すとき見せた邪悪な笑顔。  暴力が再開された――  「牡丹さん、それ以上やると死んじまいますよ」  「心配いらない。もとから死んでいる。いくら痛めつけても大丈夫ということだ」  「そういやそうだった」  四人の幽霊は極悪非道だった。特に、如月組組長・如月大輔の娘の牡丹。おれを一発でノックアウトさせたあとも何十発も殴り続け、サングラスは砕けおれの顔はサッカーボールのように腫れ上がった。死んでたって、幽霊だって、痛いものは痛い。おれが何をしたというのか? ただおまえらをおれの言いなりにしてちょっとだけ食欲と性欲を満たそうとしただけじゃないか。  未来と呼ばれるおれと同じ金髪の幽霊が聞いた。  「で、オヤジ、おまえは何者なのさ?」  「伝説のロックミュージシャンだ」  「伝説の? 名前は?」  「立花流星」  「海底に沈められたくせに流星か? それはいいとして、そんな名前のミュージシャン、聞いたことねえが」  「伝説になる前に死んじまった」  「〈伝説の〉って、それをいうなら〈勘違いの〉だろ?」  四人が腹を抱えて大笑いした。  「伝説になれなかったから幽霊になったのか」  「そうだ。おれを馬鹿にしていた連中が死ぬまで忘れねえようなすげえ曲と演奏を聴かせるまでは死んでも死にきれねえんだ」  「そこまで言うんならちょっと聴かせてみろよ。伝説になれるかどうか判断してやるからさ」  そう言った未来は別におれの曲を聴きたいわけじゃないだろう。おれをもっと笑うためのネタをほしがってるだけだ。  未来のフルネームは後藤未来。未来は笑い方は下品だが、ハスキーでおもしろい声をしている。鍛えれば一度聴いたら忘れられないような個性的なボーカリストになれるだろう。  「そのキーボードを貸せ」  キーボードで一曲弾き語りした。おれの作った曲の中ではおとなしめでキャッチーなサビの曲にした。演奏と歌い方もロックでなくバラードのような感じで。カッコつけたわけじゃねえ。おれは人生にも音楽にも妥協しねえからな。ただ、いつものように服を脱いでシャウトしたらまた殴られると思っただけだ。歌い終わって数秒間は反応がなかったが、そのあと全員が拍手してくれた。  「伝説は無理でも普通にいいな」と後藤未来。  「曲はちょっと古いけどそれがまたいい」とまだ名前を聞いてない革ジャンの女。  「顔と人生は残念だけど、名前と音楽だけはいい」と同じくまだ名前を聞いてない特攻服の女。それにしても、特攻服着たやつをこの目で見たの何十年ぶりだろう!  「おまえいろいろ間違っているが、音楽は間違っていない」と如月牡丹。  今までただの残念なオヤジ扱いだったのが、四人とも〈なかなかやるじゃねえか〉という表情。当たり前だ。ひとは誰でも本物の才能と出会ったら素直な心になるものさ。  「めんどくせえから、おれに惚れるなよ。どうしてもアンコールというなら、もう一曲だけ弾いてやってもいいけどな」  「流星のくせに調子に乗るな!」  「流星気をつけろ。春は調子に乗った勘違い野郎が一番大嫌いなんだ」  春という女に思いきり頭をはたかれた。矢倉春は茶色に染めた長い髪をソバージュにして、特攻服を着ている。それにしても、この女幽霊どもは暴力なしで会話することができないのか?
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!