twinkle mermaid

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  twinkle mermaid

 ステージの上では数百のライトの光、その前には数千の聴衆の視線が踊って歌う私たちに向けられている。日々の練習の辛さも、本番に入るとそのテンションが勝って水面下の努力を忘れることができるひと時だ。  曲調が変化し、ソロのパートに入ると光も視線も集中し、会場のテンションはさらに上がるのがステージの上から視覚という媒体を使わなくてもよく分かる――。  ここは都心部のとある会場。トップクラスの規模ではないにせよ、それでも私たちを目当てに数千のファンが方方から集まっては、ひとときの非日常に陶酔しているのが上から見ているとよく分かる。  七人で形成されるアイドルユニット、トゥインクル・マーメイド。二十歳前後の女性で組まれたグループは、同世代の青少年たちを中心に世間で認知されるほどにその活動は広がっているのは、何も自分だけの実力だけでないのはよく分かっている。     ✽ ✽ ✽  さっきまで照り続けたライトがセンターのマナに集中すると、その周りは暗くなる。彼女は不動のセンターだ。彼女がこのユニットを大きくしたのは言うまでもなく、自分はただ付いてきたことに負い目はなく、それが本当だから、周囲の声は気にしていない。  そんな中、私は光は当たらなくても、決められた振り付けをしっかりと取りつつ、光が当たらないことを良いことに視線を観客の方に泳がせて、頭では別のことを考えていた――。  軽い気持ちで参加した大学のダンスサークルの活動がスカウトの目に止まり、気がつけば入っていた芸能の世界。会場内すべてが非日常の空気になっている中、このソロの時だけはステージ衣装をまとったルリの心の中にいる現実の自分が顔を出す――。  歌って踊るという活動そのものは楽しい。しかし、この世界ではプロデューサーが道筋を作っていて、完全に自身の思い通りに活動ができるというわけではないうえ、ファンの間でメンバーに序列が付けられていることを意識してか、自分を取り巻く環境に見えなくとも確かな鍔迫り合いがある。もちろんそれも承知の上で私はルリとしてステージに上がっているのだが、始めた時に比べて今まで見えていなかったものが見えるようになり、見なくていいものまで目を逸しても見えてしまうようになっていた。  それと、私自身の気持ちはこの活動を生業にしたいとという意思は今のところない。本来の身分である大学の生活が疎かになっていることや、身近にいる友達と距離感がつかめないでいることが気になっていた。 「今日も来てる……」  これが気のせいならば構わない。スタッフの操作する光の束に扇動されて、ほとんどの聴衆はそれに釣られて予想通りの動きと目線を当てる。その思惑に逆らうように、むしろそのタイミングを待っていたかのように、私から視線を離さない男がいるのをルリが知ったのは最近のことだ。    センターではないけれど、私には私のファンがいるのも分かっている。しかし、私の直感ではその視線は、これまでに受けて来たものとは質の違うことを認識せずにいられなかった。   ステージは再び明るくなり、壇上で踊る七人を照らすと会場はさらに盛り上がった。その瞬間に表に出していた私は表情をステージの上で踊るルリに変え、世間に知られる顔に戻した。  始めた当初は何もかもが新鮮で楽しかった。でも、この視線を感じるようになって以来、活動をする本当の意味に迷いを感じ始めていた――。
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