1章-4 別れ

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1章-4 別れ

――ここは…どこ?  翌朝、スイートルームの広いベッドの上で、目を覚ました蒼はぼんやりする頭を動かして、周りを見回した。  横にはなぜか、乃亜が寝ている。フワフワの茶色い髪がきれいな顔を覆い、その髪の隙間から寝息が漏れる。  側にあるソファには、知らない細身の人が寝ていた。 ――うわっ…誰だ?!このキレイな人…。男?女?  蒼は起き上がって、見知らぬ人をマジマジと見た。  ここに乃亜が居なければ、そぉーっと脱走している状況だ。  ベッドから抜け出すと、頭全体に重い痛みがわずかに広がる。  体がフワフワして力が入らず、よろけてベッドに座った。  昨日のことを思い出そうとする。  が、記憶は、乃亜が東郷の手を取って、ダンスを始めたところからぷっつりと途切れていた。 ――どうして僕はここにいるんだろう…? 「おはようございます。ご気分はいかがですか?」  ソファで寝ていた美人は、蒼の気配に気づいて起き上がった。 「おっ…おはようございます……」  蒼は緊張して固まった。 「……」 「……あっ、あの…、僕はどうしてここに……?」  恐る恐る尋ねる。 「…。何も覚えていらっしゃらない……?」 「パーティの途中から……記憶がありません。あと…あなたは?」  立ち上がると、さらに背が高く感じるその人は、 「東郷一馬の秘書の補佐をしております成宮貴良と申します。…まずは体を洗ってさっぱりしてからお話しましょうか?」  と、優しく微笑んで蒼に言った。  美し過ぎてクールな顔立ちに『怖そう…』と思った蒼の緊張が、少し緩む。  声のトーンから男だとわかるが、αなのか、βなのか、Ωなのかさっぱりわからない。  長い足を動かしてバスルームに向かい、バスタブにお湯を張り、戻ってきた。高身長と身のこなしだけ見ればαっぽい。線の細さと顔立ちの美しさはΩっぽい。  紙袋の中から何やら取り出し、ソファの上に置く。  動いている間中、蒼の視線が突き刺さってくるのを感じて、貴良は 「緑川様でも男のΩは珍しく感じますか?それとも、東郷の部下にΩがいるのが不思議でしょうか?」  クスクスと笑うと、笑顔がまぶしい。  乃亜もきれいだが、乃亜とは違う美しさがあった。  Ωと言われて、蒼は納得してしまう。  希少種のΩの中でも、男性は極めて珍しく、ソフィア学園の3年生の中では乃亜しかいなかった。  蒼は貴良を見過ぎていたことに気が付くと、慌てて視線を反らした。  貴良がソファの上に並べたのは、半袖のオックスフォードシャツが2枚。水色とピンク。ベージュのスラックスが2本。下着が2組づつ。昨夜着たタキシードしかない2人のために着替えを用意してくれていた。  「お好きな方を選んでください」と言われ、水色を選んだ。ピンクは乃亜の方が似合う。  肌シャツとボックスパンツだけ抱えてバスルームに入った。  バスルームの鏡に映る自分の裸体を見て、昨夜の記憶が途切れ途切れに浮かんでくる。 ――あれ?!僕、昨日…?!  シャワーを浴びながら、叫びそうになる。  シャワーに打たれた自分の体をマジマジと眺める。 ――え?待って。僕、昨日、ここで何した???  息を飲みながら、恐る恐る自分の後ろに手を回す。  双丘の割れ目に残るヌメリに触れて、背筋がゾクッと震えた。 ――嫌だ…。あれほど、発情なんて嫌だって思っていたのに…。ウソだろ?  床に座り込む。  体に力が入らない。 ――僕はΩだったのか…?!  鏡に映る自分の顔をマジマジと眺める。  乃亜や貴良のように美しくはない。だから違うと思おうとした。  だが、妹の雅はいつも兄の可愛らしい容姿を羨ましがった。 ――ああ…Ωだからか……。  妙に納得してしまう。 「アーオー、体洗おうっか?」  床に(ひざまず)き、シャワーに打たれ、呆然としていたところへ、聞き馴染んだ声がバスルームのドアを開けた。 「あちゃ~。大丈夫か?」  乃亜がバスルームに入ってきて、シャワーを止めると、蒼を椅子に座らせた。  シャンプーを手に取り、有無を言わせずガシャガシャと手荒に洗って、シャワーで流す。 「ノア…、僕…」  ボディーソープを泡立てて背中を洗われながらようやく口を開けた。 「うん。ボクと一緒」  乃亜は蒼の背中に抱きついて、体の前側を洗う。 「……ちっさ…」  乃亜が蒼の前を覗き込んで、耳元で言った。 「?!」  蒼が振り向くと、腰にタオルを巻くことすらしていない乃亜のモノが目に入る。  思わず自分のモノと見比べてしまった。 「ノアよりも小さいんなら…しょうがないか」 「なんだよ、それ~」  項垂れる蒼の股の間に乃亜は手を滑りこませて、泡立てたボディーソープを撫でつけた。 「やめろよ!そんなとこ、自分で洗うよ!!」 「洗ってやるよ!!Ω同士だろ~、遠慮すんなって」  いつの間にやら2人は大騒ぎしながらボディーソープまみれになり、お湯を掛け合い、バスタブに入る。  その頃には蒼の気分も少しは落ち着いていた。  2人でバスタブに浸かる。 「なぁ…、運命って突然現れるものなの?」 「すっげー衝突事故にでも遭ったみたいだろ?」 「そっか…。東郷さんは…僕の運命……」 「ちょっと、羨ましい」 「えっ!ああぁ~お嫁さんになりたかった?昨日、楽しそうに踊っていたもんね」 「うん…。いや、いいんだけど。ちゃんと守ってくれそうな人が、運命の相手だなんていいなぁ~なんて。しかも一馬さん、アオのこと最初っから興味があったみたいだし」 「んんん?」 「同族経営はあまり好まない人なんだよ。特にα主義で固まるのは嫌いみたい。たまに優秀な人間をピックアップしては経営者や幹部候補として育ててグループ子会社の社長とか役員に送り込んでいる。まぁ…重要なところの役員はまだまだお祖父さんの意向が働いているけどね。今回のパーティだって、運命の番探しなんて言って、ちゃっかりめぼしい学生は声掛けているから。…雅ちゃんは、それに気付いていたんじゃない?」  乃亜がクスクス笑う。  蒼の驚く顔を見ると、何も感じていなかったことがわかる。 「まっ、これでアオは心置きなく大学へ進学して、就職して、行く行くは東郷グループの重役だね~」  乃亜が手で水鉄砲を作り、蒼の顔にお湯を掛ける。 「やめろよ~」  蒼はまだ状況がよく理解できていなかった。これからどうなるのだろう?という不安だけが渦巻くのに、あれこれ言われてもピンとこない。
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