1章-4 別れ

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 貴良は2人がバスルームにいる間にルームサービスで朝食を頼みながら、乃亜を泊めたことは正解だったとほくそ笑んだ。 「ねえねえ貴良さん、前なんて使うことないから、小さくったっていいよね~」  ピンクのオックスフォードシャツがよく似合っている乃亜が、紅茶をカップに注ぐ貴良に話しかけた。 「何の話ですか?」 「ちょっと!ノア!!」  蒼が真っ赤になって乃亜を止める。  水色は爽やかな蒼によく似合う。  乃亜の方が若干細身というだけで、2人の体格はそっくり。用意してくれた服はちょうどよいサイズで、おそろいの恰好で並ぶと一段と可愛らしい。  可愛らしいのに、とんでもない話題を振っているが…。 「ち◯△ん。アオが、小さいのを気にしているから、Ωならいらないから、いいじゃんって言いているのにさぁ~。ボクより小さかったから凹んでいるの」  貴良がティーポットをテーブルの上に置いて、固まる。 ――バスルームが賑やかだと思ったら、この子たちは何という…。 「なんてこと言うんだよ!貴良さん、引いちゃったじゃん!!」  バスルームでしばらく放心状態だった蒼が、今は真っ赤になって怒っている。 「いーじゃん!同性なんだしぃ!!」  貴良は可笑しくて、声を上げて笑ってしまった。 「使いますよ、私は」  そして、思わず言ってしまう。 「「へっ?!」」  「使わない」と言うか、この質問はスルーされると思ったのに、思いがけない返事が帰ってきて、少年2人は、自分たちの朝食を並べ、世話をしてくれる貴良をマジマジと見た。 「…えっ?それって誰相手に…?」  乃亜は思わず聞いてしまった。 「………番…に」  蒼は口に入れたパンケーキを喉に詰まらせて、むせった。 「…いけませんか?」  顔色を変えずに、貴良はシレっと言ってのける。 「あ…α相手に?!やるの?!」  乃亜が前のめりになる。  紅茶で喉の詰りを押し流した蒼は、乃亜に「そんなにはっきり聞かないの!」と叱る。 「ん?!」 「貴良さん、番いるの?!」  蒼と乃亜が顔を見合わせて同じ疑問を持ったことを確認すると、貴良に向き直る。 「…いますよ。結婚もしています」  と、芸能人の結婚会見でよく見かけるポーズで左手の薬指を見せた。白く細長い指に、シンプルなシルバーのリング。  2人の少年が食い入るように貴良の左手の薬指を見つめている様は可愛い。ついつい、 「咬み痕…も、見たいですか?」  なんてサービスをしてしまう。  頷く2人に、貴良は屈んで項を見せた。  ちょうど黒髪の襟足と、Yシャツの襟とで隠れるように小さな咬み痕が付いていた。  自分の所有を誇示するように、わざと見えやすい場所に目立つように咬むαは多い。  だが、貴良の相手は控えめな人なのであろう。 「貴良さんの番って……女の人?」  蒼は思わず聞いてしまった。頭の中には雅の姿が浮かぶ。自分の姿がゴツく見えるのが嫌で、αと付き合いたいと言っていたが、貴良のような人であれば男のΩでもいいんじゃないかと思えてくる。 「いいえ。男ですよ」  男性のΩが少ないように、女性のαも少ない。雅の相手はやっぱりαで探すしかないのかなぁ~、と自分のことを忘れて妹の心配をする兄。  その時、ドアをノックする音が響いて、東郷の秘書が入ってきた。 「おはようございます。お食事中でしたか。昨夜はよく眠れましたか?」  と言われ、蒼と乃亜は挨拶をする。 「私、東郷一馬様の秘書をしております、成宮涼(なりみやりょう)と申します」  自己紹介をされて、蒼と乃亜の2人は顔を見合わせた。    絡う空気が貴良と似ていると思った。  似たような体格。わずかに涼の方が身長が高く、肩幅もある。襟足を短く刈り上げオールバックにした髪は同じようにツヤのある黒髪。似たような黒いスーツ。  違うところと言えば、どこからどう見てもαだと感じる風格くらいか…。  東郷一馬にいつも付いている有名なキレ者秘書…成宮涼。  『成宮』貴良と同じ苗字…。 「ねぇ、貴良さん。旦那さんって…」  乃亜が目線は涼に向けたまま、貴良に話しかける。 「ええ、そうですよ」  貴良は2人に、ニコッと笑いかける。 「「ええええええええええーーー!!」」  涼は、何の叫びなのかわからず、首を傾げた。  乃亜と蒼は、「言っちゃいけない、言っちゃいけない」と首を振って合図する。  貴良が前を使う相手。  …ってことは、この目の前に居る涼は、αで男なのに……。 「2人とも、よく噛んで食べないと、喉に詰まりますよ」  貴良は笑いを堪えながら、2人の反応を楽しむ。 「何かあったの?」  と、涼は貴良に聞くも、 「私が番持ちで結婚していることに驚いているだけですよ」  と、返した。  「あぁ…そう」と返事をして、仕事モードに戻る。 「番持ちでなければ、今の蒼様に私は近寄ることができません」  と、さらりと言うが、蒼にはそれがどういうことなのかよくわからなかった。  涼は今日の予定を伝えに来ただけらしい。 「南川先生の予約がとれましたので、午前中は病院を受診をなさってください。終わりましたらご自宅へお送りいたします。今後の話につきましては、午後にでもご自宅の方で一馬様とご両親とお話することになるかと思います」  蒼の顔に緊張が走る。 「検査がありますので、終るまでお薬は飲まないでくださいね。。まぁ…その辺は貴良に任せます。ご自宅へ戻られるまで、貴良が付き添いますので、何か困り事があれば遠慮なく申し付けてください」  サラサラと説明してくれるが、なぜ、そこまでしてくれるのだろう?両親はどうしたのだろう?という疑問が湧いてくる。 「あ…あのっ!東郷さんは…」  なぜ、東郷一馬がそこまでしてくれるのだろうか?という疑問を投げかけたつもりが、どこにいるのか?という疑問のようになってしまった。 「所用がありまして、午前中は会社の方へ。何かございましたか?」 「いえっ…。色々と面倒を掛けてしまって、申し訳ありません…」  蒼は申し訳なくなって、背中を丸めた。 「あー……………。それはお気になさらなくても大丈夫だと思います。まずは、ご自身の状況を受け入れる事を優先なさってください。…と、言われるかと思います」  なぜこんなにも貴良も涼も、自分に優しく話しかけるのだろう…?  このまま手懐けられて、籠にでもヒョイッ閉じ込められるのだろうか…?  かえって不安が増すばかりだった。 「北山様は後ほど私がご自宅までお送りいたします。おうちの方にご説明しなければならないですよね?」  乃亜に向かって涼は言うと、フォークで刺したバナナを口に運んでいた手が止まる。  涼の話に、すっかり食事の手が止まってしまった2人に、 「はい、では、朝食を食べてしまいましょうか?先程まで、あんなに元気にお喋りしていらしたのに、いかがなさいましたか?」  と、貴良が声を掛けた。  涼は、申し訳なさそうに貴良の顔を見る。 「俺…タイミング悪かった?」 「ああ、そうだね」  貴良は、冷たく射るような視線を自分の番に向けて放つ。
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