1章-4 別れ

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 南川は医務室にある自分のデスクに向かって、プライベート用のスマホを出し、幼馴染に電話を掛けた。  そろそろ掛かってくることを予想していたのか、ワンコールで聞き慣れた低い声が出る。 「Ωだったよ、緑川蒼君。突然のヒートはお前が原因だろ?まだ高校生だぞ。どーするんだよ?」  南川は苛立ったように言うので、応接コーナーで昼食をとっていた医師たちが、振り返る。  同僚たちの視線を気にして、南川は声のトーンを落とした。 「子どもはまだ無理。1年後くらいにまた検査してみないと何とも言えないけれど、発育が遅いから妊娠させないように気を付けろよ。一応、アフターピルも出しておいたから。…周りの親戚が、後継ぎ後継ぎってうるさいだろうけど、そこはうまくお前が守ってやれよ。……すぐ、番にするのか?」  どうしてお前の相手が、まだΩとして成熟していない高校生なんだよ!と、苛立ちをぶつけそうになったが、それを言っても仕方のないことだと、手元にあったボールペンをイライラと回しながら話す。 『すぐに…とは考えていない。彼はまだ高校生だ。大学へも行きたいだろうし…』  電話の相手も『まさか高校生が運命の相手だったなんて…』と言いたげに、沈んだ口調となる。 「抑制剤は1種類だけ合うものがあったから、それを出してある。強いのは合わない。使うと危険だから、使わなきゃいけない事態にならないよう気を付けることだな」  電話の相手、東郷一馬は『ああ』と返事だけして、南川の話を静かに聞いている。 「Ωと言われても泣き崩れない、検査中も弱音を吐かない。途中でヒートを起こしても黙って抑制剤点滴させてくれる。大抵の子は最初っから泣き崩れてまともに検査なんかさせてくれないけどな」 『……そうか』 「あの気丈さは、自分をαと信じてきた子にありがちだけど、だからこそ気を付けた方がいい。精神的にポッキリ折れたら取返しの付かないことになる」 『…ああ。気を付ける』 「何より、これからヒートに慣れるまでが辛い。Ωだとは思いもしないで生きてきて、心の準備も何もできていないから余計にね」 『…』 「急激な体の変化で集中力も体力も奪われるから、成績が下がる子も多い。優等生は大変だよ~」 『…』 「貴良も高校生の時、あんな感じだったのかな~?抑制剤の使えないΩは普通の社会生活を送るのが困難だ。貴良はあんな体でよくお前の部下をやっていられるよな。まだ、あの頃のことがトラウマになっているんだろ?担当の先生がカウセリングを勧めても(がん)として拒否するって嘆いていたよ~。α嫌いだから絶対俺に担当させない感じだし。はぁ~、嫌われるって悲しい…」 『貴良には蒼の世話を頼もうと思っている。そうすれば貴良も楽だし、蒼も同性の相談相手が必要だろう?』 「ああ~、それ一石二鳥でいいね。で、緑川の方はどうするの?」 『涼が今、動いている』 「ほう…。あ、蒼君の発育の遅れだけどさ。血縁者に強力なαがいると、本能的に近親交配を避けようとしてΩ性の発現が遅れることがあるって症例報告があったんだよね。それじゃないかと思うんだけど、思い当たるαいる?」 『あぁ、妹だろうな。俺と視線を合わせても動じない』 「すげっ…。あ~、でもあの子かぁ…。わかる気がする。どっちみち、αだらけの緑川家からは少し離す必要があるね…」 『それを午後から話し合ってくる予定だ』 「そう…。まっ、貴良に頼ってばかりいないで、蒼君とちゃんとコミュニケーションとりなよ。強がってプライドが高くても、基本的にΩは寂しがりで甘えたがりだ。だから独占欲の強いαと合うんだろうけどさ。お前は黙っていても怖いんだから、くれぐれも怖がらせないように~」 『わかってるよ』  そこで、会話は終了した。 ――恋愛に興味のないヤツが…意外と本気か?  1つ年下で、小学校から高校まで同じ学校に通った幼馴染の生意気な顔を思い浮かべる。
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