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蒼はようやく気分も落ち着いて、貴良と共に部屋を出た。待合室に行くと、ガラ~ンと空いて静かだった。
午後の早い時間に受診する人が、受付を訪れ初めているが、それもまばらだ。
クリニックを出たところで、貴良が蒼に優しく笑顔を向て、
「お昼ですね。近くで食事をして帰りましょうか?この時間だと、ご自宅の方も食事を済まされるでしょうし…」
と言う。
近くにカフェがあったので、2人で入った。
そんなに食欲はなかったので、サンドイッチと紅茶をオーダーする。
貴良が、薬の入った紙袋を見せて、
「お薬、受け取っておきましたので、ご自宅に着いたらお渡ししますね」
と、カバンの中にしまう。
パーティ後、何も持たないままホテルに泊まり、朝は貴良の用意した服を着た。バッグも何もない手ぶら状態だったことに改めて気づく。
そういえば、昨夜着ていたタキシードはどうしたのだろう?昨日のために母がせっかく用意してくれたものだった。
「昨日の服はクリーニングに出してありますので、後ほど涼が受け取って持ってきてくれます」
何から何まで…恐縮してしまう。
「私には飲める抑制剤がないのです。発情期が来れば休みをもらえて、番も私の発情期に合わせてキッチリ休暇がとれる環境にいるからまだいいのですが、そうでなかったら、まともな生活もできず、番も居なければただただ苦しい時を過ごすことになっていたでしょう…。抑制剤が効いて、発情期中も普通に生活できてしまうΩが多いんですけれどね」
「お薬が合うといいですね」と、薬の入ったカバンを空いている椅子の上に置く。
「使えるものがあるだけ良かった」と言うのは、そういうことだったのかと納得する。
「でも、来週は学校をお休みしてください。一馬様の元へいらっしゃるのであれば、私が身の回りのお世話をさせていただきます。発情期が終れば学校へ行けますから、その際の送迎も私がやります」
ソフィア学園に通うΩは通学の際、家族か誰かが送迎する決まりになっていることを思い出す。
どんなにお金持ちの子女であっても、αやβは自家用車での送迎が認められない。だから、蒼も普通に電車通学をしていた。
Ωだけが自家用車での通学を認められている…というか、推奨されている。他に、学校を欠席して出席日数が足りなくても、補講を受ければ出席とみなしてもらえるなど、他の学校に通うΩと比べるとかなり優遇されている。もちろんΩだからという理由で退学になることはない。
優遇してもらうための手続きは、本来なら母が病院の診断書を学校へ持って行ってしてくるのであろうが、貴良が行くと言っていた…。
それは、蒼が東郷一馬の運命の相手だから?
でも、東郷は優秀なαの子孫を残すために運命の番を探していた…。
――いや、待って。子どもが産めないんじゃぁ…東郷さんに世話になる理由はないんじゃない?
急にいろいろと突き付けられる現実に、蒼は頭を抱えた。
「大丈夫ですか?」
蒼は軽く頷く。
「僕…子どもが産めないんじゃ…東郷さんや貴良さんにお世話になる理由が無い…?」
「正直に言うと…、一馬様はもう少し大人の方と出逢うおつもりだったようですよ、あの狼狽っぷりは」
と、普段は『冷徹王』と呼ばれている上司の、昨夜の様子を思い出して貴良は言う。
「…ただ、いくらなんでも高校生に東郷家の後継ぎとなるαをすぐに産めなんて言いません。周りが言ったとしても、一馬様は聞きませんからご安心ください。…私は、一馬様に蒼様はお似合いだと思います。大丈夫、そんなに怖い方ではありません。当主なので、見た目怖そうに取り繕っていますけどね」
貴良はクスクス笑うが、何が大丈夫なのか、蒼にはさっぱりわからない。
両親は自分を東郷に渡すのだろうか…?
緑川家にΩは要らないと言うのだろうか…?
息子なんだから手放さないで欲しい…という気持ちが、心の中に湧いてくる。
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